猫越岳
(静岡県:1034m)
2002年11月14日
去年、山登りを始めたスタートは実質的にこの伊豆半島の天城になる。そういう意味で私にとってこの「天城」は特別な場所(オーバーな…)である。そうは言っても何らかのピークに立ったことはなく、前回来た時は天城峠から八丁池を回って帰ってきただけというハイキングのようなものだった。その時は重い三脚を持って行ったのですぐ疲れてしまったという情けない記憶がある。なお、私を車で運んでくれた職場の年長者はキノコ取りに精を出して遭難した…。元に戻るが、そういう意味でも曰くつきの「天城」である。標高が低い(低くない?)からといって侮ってはいけない。
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本当は昨年並みの勤労感謝の日あたりに来たかったのだが、今年の紅葉は早いようなので、「14日にしたら」と珍しくニョーボの前倒し提案。これ幸いに曇天も構わず出発した。小田急の下り始発に乗り、修善寺に着いたのは午前7時。湯ケ島行きのバスに乗る。目指す滑沢渓谷はまだその先、仕方がないのでタクシーを使う。料金1500円なり。一時間遅れのバスなら滑沢のバス停を通るのだが、「時は金なり」である。今日歩く距離を考えたら1時間は惜しい!
まあ、滑沢入口までは計算通り、午前8時30分には写真の渓谷のエントランスに立つことができた。
これからが、またもやなんでこうなるの?という山行になっていく。
まずは、肩慣らし、とばかり左側に川が流れていたので何の疑いもなく左の道を遡行。5分登って引き返す(道がなくなったため…:写真正面の看板の地図を見れば右折することは小学生でもわかる内容だった…:遭難・思い込み道間違い)結果的に15分のロス。
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気を取り直して(この時点でかなり凹んでいたのだが…)正規ルート(単なる遊歩道…)を辿り始めた。
「おお、これが伊豆の滑沢か」と写真の場所で撮影体勢に入る。なるべく前に出ようとゆっくり前進すると、意思に反して滑っていくではないか!靴の底が濡れていて滑床のようになっている岩の上を滑っていた。写真の壺はそれほどのものではないが、落ちれば即撤退のずぶ濡れは必至。ゆっくりだが確実に滑っている現実を受け止めた時には相当焦っていた。
ズルズルずるずると、余裕があれば声を上げていたところだったが、その余裕もないので必至になって足を突っ張ったところで停止した…。
滑沢をまさに舐めてかかったがゆえの、遭難・ゆっくり恐怖の滑落だった。
よってほうほうの体で上に上がってからは2歩も3歩も下がった位置からの撮影になった。
迫力は3割減、もしくは半減である。悲しいが、それが分相応の結果でもある。
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天気は曇り。歩き続けるにはちょうどいい。結局滑落しそうだった渓谷の写真の後は、ひたすら散策路を歩いて行った。そこから見る流れは大したものではなく、紅葉も今ひとつだったのでノンストップ、写真の「太郎杉」で小休止した。時に9:05だった。
それにしても立派な杉ではないか、季節が季節なら不倶戴天の「敵」なのだが、花粉も飛ばさぬ今は鑑賞に堪えうる銘木だった。
この散策路でいう終点はここまでらしい。私の買った地図はこの道を辿れば「伊豆山稜線歩道」に出ると記してある。「この先行き止まり」の表示は無視。10時までは稜線に出たかったので水飲んで出発した。
しかし、見上げて首が疲れるほど立派な杉だった。
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この写真は太郎杉直下の沢の流れ。滑沢の入口で沢に接してからここまでは「降りる」という決意がなければ降りられなかったのだが、ここは手軽に流れまで降りられる。それで降りてみたもののご覧のとおり大したことはない…。この沢で撮った数々の美しい写真を知っている者としては、やはり沢に降りて文字通り遡行しなければああいう写真は撮れないのだな、と納得する。そんな時間もなければずぶ濡れになる度胸もない、よって林道歩きの継続である。まあ、こんな写真も載せようと思ったので文を書いたまでのことだった。
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行き止まりだなんて信じていたらこの紅葉は見られない。まあ、それほど鮮やかではないのだが、「錦秋の山」を予感させるシーンだった。
ちなみにこの紅葉を撮ろうとしばらく頑張っていたがその結果はあろうことかほとんどが没だった。確かにそよそよと風も吹いていたのだが、問題は三脚と望遠レンズとの相性だった…。三脚の軽量化を推進してきただけにこの失敗はショックだった…。下手したらコンパクトカメラで撮ったこの写真の方がいいくらいである(泣)。
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車が入れる林道が終わった…。さてここで困ったのが次の道が明瞭でないことだった。脇に農作業用のモノレールがあるのだが、その横にも細い道がある。そんな感じで困っているところにキノコ取りのおじさんが車でその終点にやって来た。渡りに舟とばかり、稜線に行く道を聞く。するとこのモノレール沿いの道を行けばいいと言う。ただし、モノレールが終わってから左に折れる、というのが正しい道だと付け加えてきた。写真の通りそのおじさんの後を追いかけるようにして紅葉の写真を撮っていった。
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モノレールの道を少し行くとワサビ田が沢に沿って作られていた。伊豆独特の景観である。登りは緩やかで山登りをしているという感じがしない。場所によっては黒い遮蔽のシートをかけているところも天城山中でも見かけるが、ここのワサビ田は終点までこんな感じだった。春先になれば白い花が咲くだろう。河津方面のワサビの花を以前撮りに行ったことを思い出した。
途中で例のおじさんがキノコ取りの準備をしていた。私が通り過ぎる時に、「モノレールが切れたら左だよ」と、再度アドバイスしてくれた。
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ワサビ田が終わる頃、右に延びる沢を避けて、「おー、これが左側だな…」と登って行ったところ、この流れ。傍目には小川のようだがそれなりに傾斜があるので滝である。おや、と思って足元を見ると細い足跡があり、な〜んだ…、と数歩進んだところで絶句、鹿の糞だった。昔見た「カムイ外伝」の主題歌が頭の中をよぎった…。
これはケモノミチではないか!
まあ、それでも道に迷っているという自覚症状がない。何とかなるということでこの滝を巻くようにする道はあったので登っていった。
その結果、また人跡を感じさせる光景が目の前にあった。
ワサビ田の残骸であった…。
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うーむ、これまでか。と、その残骸に連なるガレ場を見る。どうやらこれを登れば稜線という雰囲気、林の向こうには空が抜けている。たとえ登っても引き返すにはそれほどの苦もないところ、登ってだめだったら撤退、という約束を自分に言い聞かせて、ガレ場を登る。
10:05、そのガレ場が切れたと思ったところで水平に延びている道にひょこっと出た。まさしく登山道、それが伊豆山稜線登山道だった…。
正直言ってホッとした。しかし、自分の手持ちの地図ではまだどこにいるかも特定できない(この日持って来ていたのが「伊豆半島」全域が載っている登山地図だった(笑止))、よってとにかく北方面(こちらに向かえば間違いないだろうという方向)に向かった。
写真はブナの林だった。まあ、標高としては1000m前後といったところだ。
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10:50、三蓋山到着。この付近のブナ林は見事だったので写真を撮りながら歩いていたのでこんな時間になってしまった。距離としてはそれほどのものではない。稜線上の天気は霧、この手の森の写真を撮るにはなかなかの条件である。ちなみに標高は1012mと記してあった。
ところで、私は滑沢を登って滑沢峠という所からこの稜線歩道を当初は歩く予定だったのだが、地図で確認するとだいぶこの三蓋山寄りの歩道に出てしまったことになった。これではっきりした。
私は道を間違えたのだ、と。深刻な事態ではあったのだが、終わりよければ全てよし、「ワープ」ということで反省は帰ってからすることにした…。
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しかし、この見事なブナ林よ。天城山稜と比較するとどうにも宣伝がされていないようなこの歩道だが、歩き易さといい、この森の深さといい、なかなかのものと見受けられた。この歩道が簡単でないという理由はそのアクセスにあるのだろう、これはこの日私が一番最後に経験させられることであるが、この山道そのものの歩きは実に快適である。
写真ばかり撮っているので歩みは遅い。しかしまた、前述の快適な歩道はそこを疾駆できるほどのものなので文字通り走って時間のロスは取り戻せた。
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11:20、ツゲ峠というジャンクションに到着。上の写真はその峠の様子である。この日歩いて一番印象に残った光景だった。ブナ庭園とでも形容したくなるような林と寥々としたこの景色が混在しているこの場所はそれなりに強烈なものだった。よってここでも大休止、効果的な霧が演出してくれたおかげでまたまた撮影に没頭してしまった。
この峠で写真を撮った後、猫越峠まではほとんど走りっぱなしだった。また、それができる登山道というのも助かりものである。
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ツゲ峠から猫越峠までは多少の林相が変わったのか誘惑の多い、カエデ類の出現が多かった。光線の状態が中途半端だったことが幸いして、拾う程度にしか撮らなかったが、なかなか美しい林だった。
右の写真がその様子。ブナ林以外ではこの区間が一番鮮やかだったような気がした。時期と標高の関係があるので一概には言えないのだが、2002年の山稜線(三蓋山〜猫越岳)の11月14日のピークはここだった、とは言える写真かもしれない。
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12:16、猫越峠。ここまではすっ飛ばして来たのだが、峠だけあってこの後は緩やかな登り、きつくはなかったが、歩いていくしかなかった。見通しが利かない笹のトンネルのようなところを15分ほど歩いていると、写真のような「猫越岳頂上」の道標が忽然と現れた。12:30だった。
ちょっと拍子抜けという感じがしたのが、展望のなさだった。もっとも、これを求めるにはちょっと下ったところに「展望台」があるというのでそれはそれで問題はなかったが…。まあ、こんな写真でも撮ってさっさと次へ行こう、という感じの場所だった。許せ、山頂よ!
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おー、おどろおどろしい景色ではないか…。これは説明板によるところの「火口湖跡」なんだそうだ。何でも水がたまたまないのでこんな沼のようになってしまっているが、なんとも奇妙な風景だった。そんな脇に休憩用のベンチがあるので、そこでガスをつけて昼食にした。先客が4人いたが、私と入れ替わるようにしていったので静かな(何か出て来そうな…)昼食だった。ちなみにこの猫越岳は昔火山であったとのこと。活動をしていたのは300万年前、とか。遥か昔のできことではあった。
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火口湖跡で食事をそそくさと済ませて13:00発。そうした矢先、件の展望台にすぐ着いた。これからペースを上げようかと思った時に、罪な舞台である。
しかし、名に恥じずよく見えたなー、という感じだった。遠くは霞んでいたので肉眼でやっとというところだったが、私にはおなじみの波勝崎まではしっかり確認することができた。これは感動モノだった。
写真は比較的霞の影響のないところを撮ったつもりだが、どの方向を撮ったものなのか忘れてしまった…。いい加減で申し訳ない次第である。
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猫越岳を降り始めた時から天気が良くなってきた。おまけに終点近くになって牧場を見ながらの歩行になるので実に開放的な気分に浸ることができた。
写真は歩いて来た方向を向いて撮ったもの。真ん中の山が猫越岳だったかな…(笑)。本当にこの時から時間との勝負が始まっていた。それは本人さえ予期しない(それが大問題)ものだった。
その意味ではこのフィナーレに相応しいこの景色。存分に楽しませてもらった。
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よっしゃー!実質的な登山の終点に指定した。仁科峠である。ここの展望もなかなかいい。道路も立派であり、車もそこそこ通過していた。
ただ、この道はバスとは無縁の道路なので、ここから仁科、あるいは湯ケ島に行くにしても歩くしかない。
これが前述の稜線歩道をマイナーな存在におとしめているアクセスの問題である…。
私は、この後、牧場の縁(真っ直ぐ登る道が見えるでしょう?)を通って、またこの車道と合流する風早峠までこの歩道に付き合うことにした。仁科峠通過13:30。
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今回の歩道の終点、風早峠(いい名前だなー)の少し上から北を向いて撮ったもの。伊豆山稜線歩道はまだまだ続くとばかり、正面の山々にもその道が確認できた。この道の終点はさらに歩いて達磨山を突っ切って駿河湾に降りるまでということなので、なかなか遠大な道のりではある。歩くだけだったら何とかなるだろうが、私のようなものではどうにもならない、ただ湯ケ島を目指して降りるのみである。
と、言ってみたものの、風早峠にある地図を見て絶句、湯ケ島まではゆうに10キロから15キロの道のりが記されている。ただ、降りるだけにしても山道を走ってきた者にしては困ったなー、という距離であった。しかし、行かなければ帰れない、13:50気合いを入れて峠を出発した。
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整備された下りの車道とは言え、やっぱり長かった。道はあれども人家はなし、途中持越鉱山に着いた時には、あー、この延長で湯ケ島か、と思ったが、また人家は絶えて、持越温泉に到着したのが15:00。そこから湯ケ島まではもうひとふんばりだった。
さすがに、歩いていて脚が張ってきたのは久々で「頼むよ、ぶっ壊れないでくれ」と思うだけだった。まったく、温泉にでも入って帰れれば良かったのだが、バスをやり過ごすわけにはいかなかったので、15:55湯ケ島温泉口到着。5分後到着のバスにめでたく乗れて、修善寺に帰ることができた。
これでめでたし、なのかなー、と思ってしまうが、どうだろうか。結果的には、あの道間違いがなければ、この時間より遅く到着していたことになるので、やっぱりこれは結果オーライなのだろうか…。実に山登りとは示唆に富んだものだと今回も思い知らされた次第である。(本当にいいのか、これで!?)
猫越岳(伊豆山稜線歩道) これでおしまい
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