雲取山
(東京都・山梨県・埼玉県:2017m)
2002年5月4・5日
ついに雲取山だ。3都県の境に位置する山だが、東京都の最高峰と言った方がインパクトはある。東京都奥多摩の奥に2000mを越える山があったのだ。そんな話は前から知っていたもののまさか自分がその奥まで行って登ろうというのだから好奇心というのは非常に大切なものであることがわかる。「山だ」などとほざいていなかったら奥多摩は訪れても山などは「どれも同じ」などと嘯いていたかもしれない。
2002年のGWにはこの山に登ろうと1泊2日で行ってきた。GWの宿泊旅行などその混雑を嫌ってあまりしないのが今までのパターンだったが、やはり「山」、出不精な私を引きずり出すだけの魅力はありそうだ。以下はそんな私が見てきた雲取山である。
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やっぱり最初は電車の写真である。これはGWの臨時列車「奥多摩ハイキング号」という川崎発の南武線・青梅線の直通快速である。検索ソフトで探したら出てきたので渡りに船とばかりに乗る。当然小田急上りの始発に乗っての話である。いつもそうなのだが自分の乗る乗り物はいつもみんな同じ目的で混雑する、という疑念が首をもたげてくる。今回もそうだった。登戸付近で見かける登山姿の人はきっと私と同じところに行くに違いないと…。そう思っただけで乗り物の席に何としても座ろうと思ったりする。しかし結果は80パーセントくらいの乗車率で立っている人はいなかった。まあ快速列車ということもあってフツーの間隔で通勤通学に利用している人もいたりしていささか拍子抜けの感もあった。そんなことで心が騒ぐようではまだまだ、と言いたいところだが人間がそういう風に出来ているようなのでどうしようもないと言えばどうしようもない。
青梅を過ぎて列車は渓谷沿いに走る。新緑にアクセントをつける藤の花の色が美しかった。
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奥多摩までは来たことがある。前の時は御岳渓谷あたりを撮ろうと川を下った。今回は山奥へ行く。駅に着くとすぐに東日原に出るバスがあるという。臨時バスのようだった。乗ると席も空いていたのでラッキーとばかり乗り込む。バスは駅を出るといきなり谷あいの細い道を走り出す。乗客は山登りスタイルと鍾乳洞見物の軽装の半々といったところ。私のように三脚を括りつけてなどという者はいなかった。
途中、石灰岩の切り崩された鉱山を見て、長いトンネルを抜けると終点の東日原。そこで見た景色が右の写真である。いきなり「おー、凄いなー」と未知の景色に感動する。天気は曇り。まあそれでも新緑は美しい。山登りにはちょうどいいだろうと8時40分に歩き出す。交番に登山届けも提出したので、とりあえずここまで来たことは証明されたことになるだろう。
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東日原から雲取山の登山口までは日原林道を歩く。最初はすぐ下を流れる渓流だったのが、みるみるうちに下の方に見えるようになる。写真がその最たるもの。高さはどれくらいあろうか、林道なのでガードレールなどというものは(日原林道には)ない。落ちたらまず本能的に助からない高さである。そんなところだからこそついカメラを向けたくなる。悲しい性である。
標準だ、望遠だなどとレンズを交換している時が一番気を遣う。今までやったことはないが「おむすびころりん」状態になったらもう大声で泣くしかないからである。
まあ、そんなこともなかったのでよかった。他に林道で撮ったものは、ツツジの花が美しかったので撮っておいた。野生の花はそれはそれでいい写真になるものだ。
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地図を見てわかっていることとはいえ、林道を8キロほど歩いてやっと登山道に入る。もうここまでで「ちょっと疲れたなー」と言う感じ。昼前から晴れてきて新緑がますます冴える。「これぞ新緑」という景観である。順光、斜光、逆光なんでもあれの撮影である。
やはり新緑はいい天気の下で撮りたいので気持ちよく撮れた。
写真は日原林道直下の長沢谷にかかる橋、これを渡って小さい尾根を越えれば大雲取谷に沿う大ダワ林道のコースである。登山道入口に「クマが出るので鳴り物を」という表記に一瞬、「ここはクマが出るのか」と単独行であるがゆえの心細さがにじみ出る。まあ、その時はその時だ。
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写真は大ダワから見た「芋ノ木ドッケ」という山。この大ダワというところが秩父三峰方面と雲取山方面の分岐になる。標高は1700mはある。大雲取谷は間近で見ることは出来なかった(下方に流れていた)が広葉樹の谷あいだったのでこの時期はとても明るく静かな谷だった。途中、油断して路肩を踏み崩して奈落に落ちそうになった以外は危ないところはなかった。途中2人のおじさんとすれ違った他はクマにも会うこともなかった。大ダワ林道は雲取山まで3時間強のコースとあったが、この大ダワまでは予想より楽に来れた。同じような道を歩いている感覚に陥るが、沢は越えることに水が減り、終いには涸れた沢になることからやはり登っていることがわかる。そんな道を歩きながら「おや、まだ桜が咲いている」などと言っている間に、いきなり針葉樹林帯に突入、そこが大ダワであった。余裕があれば冒頭の芋ノ木ドッケ(片道1時間)を往復してから雲取山に行こうと思っていたが、ここに着いたのが午後2時半だったので、消耗戦はやめて素直に頂上をめざすことにした。
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そして雲取山山頂である。ヤッホー。
大ダワからこの山頂までの道のりが山登りと言う感じでちょっときつかった。だいたい300mを登ったことになる。午後3時20分だった。
昼前に広がった青空はそこになく、また見渡す限り雲が広がっていた。富士山をかろうじて望むことができ、「あそこか」と翌日のイメージを組み立てる(見えなければハイそれまでよ)。
せっかくの記念写真だが、このコンパクトカメラ、ストロボの強制発光ができないスグレモノ。これではさまにならない。情けない限りである。
この後は雲取山荘で宿泊。山荘の様子は次のようであった。

「雲取山荘にて」
山荘は混んでいた。予約は入れていたのでその点はそれで問題はなかったが。自炊組は山荘前のテーブルでワイワイビールなどを飲みながら楽しくやっている。まあ、気温も下がってきて寒いとは思ったが…。私はその辺の手間は今回はかけたくなかったので全て宿任せ、夕食も朝食も宿でとることにした。部屋は8人部屋。私のほか、単独行が1名、男ペア2名、熟年夫婦1組、若い夫婦1組だった。私の機材に興味を持ったのか男ペアがいろいろと聞いてくる。部屋にこれだけ人がいて話もないのも変だと思ったので差し障りのない話に加わった。
食事。5時から「1回目」だという。80名の席なので何回かに入れ替えるという。早く食べたければ並ぶしかない。私はフロントでストーブにあたりながら缶チューハイ(ビールより100円安かった…)などと飲みつけないものを飲んだために頭が痛くなっていたが、早く寝たかったので第一陣で食事をすることができた。メニューはハンバーグ他、まあ山で食べるにしては文句ないものだった。なお食堂ではアルコールは飲めない。長く食堂に居座られるのを防止するためだそうだ。飲みながら食べるには外の自炊組になるしかないというわけである。
食事を早々に済ませ、再びフロントを覗く。私はバンダナを巻くことが普段でも多い(何で)ので気の利いたものがあれば買おうと思っていたが、800円とはちょっと高い。デザインに傑出したものも感じられなかったのでパスした。そのかわり、出来合いの「バンダナ帽子」というものが300円だったのでついつい安い方に流されてしまった。しかし、これをかぶったらまるで山小屋のバイトスタッフのような感じである。エプロンなどしたらなおさらである。
さて、就寝。と言っても布団敷いたら勝手に寝るだけである。時刻は午後8時過ぎ。問題は同室の熟年夫婦である。何だかいつも落ち着かなくて、ザックの中のビニール袋をガサガサやるので耳障りである。見るたびに何か食っている。終いにはフロントで酒を買ってきて飲んでいた。私は枕が変わって眠れなくなるということはないが、音には割りと弱い。その夫婦はそろって大いびき。特にだんなの方は時々呼吸が止まるのでこちらも気が気でない。そのうち隣のおじさんもいびきをかきはじめた。最低である。
もっともいびきをかかない私は寝言を言うことは妻蛍子の談である。
今度山小屋に行く時には耳栓が必要だと勉強した次第であった。
それでも4、5時間は寝たのか、明けて5日、午前3時にトイレに立つ。「おー、廊下で寝ているとは。この手もいけそうだ」などと妙なことに感心して外に出る。
外は満天の星空、見た目天の川も確認できるくらい素晴らしいものだった。ますます冷え込んでくる中、しばらく空を眺める。流れ星も2つ見た。願い事などは「金!」くらいの早さで言わないと叶いそうもない。部屋に戻ってもいびきの洪水なので結局ロビーにいたりして朝食の4時半を待つことになった。
いやいや、こんなに書いてしまった。駄文もここまでくれば壮観である。
改めて5日である。日の出は午前4時46分だった。4時ごろから頂上でご来光を見ようとする人たちがさっさと山荘を出て行ってしまったが、私は朝食を朝一番でとりたかったので頂上ご来光組には入らなかった。いや、一瞬は朝食を頼んだことを後悔したのだが、山荘前でも朝日は見られるので、まあそれでもいいか、くらいの気持ちに切り替えた。そんなこと言っているわりに出てきた朝食などはお代わり含めて5分で食べてしまった。さっさと食べてやっぱり写真を撮ろうなどという往生際の悪さと朝食のメインが鯖の味噌漬だったことが後押し(私は鯖が食べられない…)して同じテーブルの人が目を剥くくらいの勢いの食事だった(と思う)。
日の出は感動的であるが、その直前に現れたヒコーキ雲がとても美しかった。この手の写真も割りと撮っている方だと思うが、5本の指に入るくらい美しい雲だった。ただし写真の出来は感動と必ずしも比例しないのはこれまた常である…。
写真は雲取山荘エントランス。ああ日本の5月、鯉幟まである。この山荘はトイレがとても清潔で「元気水」と名付けられた水場が完備しているのが大変いい印象だった。
2回目の雲取山頂だが、昨日ほど快適な歩みではなかった。「うーん、疲れかな、重いなー」と感じながらの登りだったが、眼前の富士を見て「おお!待っていたか」とばかり撮影開始。コンパクトカメラではこの程度なのだが200ミリ(持って来れるレンズの最長焦点)ならなかなかいい感じである。雲海の中から聳える富士、というイメージで一丁上がり。まさにレンズのトリックと言えよう。ともかく大菩薩、三ツ峠とその「名所」から富士を見ることができなかっただけにそれはそれは感動的な景色だった。
雲取山からは奥多摩駅までの縦走コース「石尾根縦走路」を行く。このコースは8時間ほどの長丁場だったが、「2000mから下るのだから、アップダウンはあっても、たいしたことはないだろう」と高を括る。
まったく地図をいい加減に見ているからこの後それなりの報いを受けることになる。地図は(できれば)(もっと)(しっかり)よく見ておくべきである。
石尾根縦走路はとても明るい尾根道である。ガイドによると山火事延焼防止の策としてこの尾根は刈り払われているとのこと。人の手がかかっていてもなかなか情緒を感じさせる道ではないだろうか。ちなみにこのコースにはいくつかのピークがあるが、私の登った(本当に「登る」という表現がお似合い)ものは七ツ石山、高丸山、日陰名栗(何て読むんでしょう…)峰、鷹ノ巣山の4つのピークである。このコースはそれぞれのピークの「巻き道」(ショートカットですね)があり、峰にこだわらなければワープ(おお!この表現!!)して行ける。しかし、私はバカだから「巻き道潔しとせず」と思ったかどうかは別としてこの4つの山には手をつけさせてもらった。
写真は、これから七ツ石山に登ろうかな、というところで振り返ったもの。中央の奥まったピークが雲取山。
七ツ石山頂上。標高は1757m。単純計算なら250mは下っているはずなのにこの頂上に立つにはちょっときつい「直登だよー」という感じの登りがある。道は適当に折れているのだが、両側が直線的に樹林が切り払われているので下から見た感じでは直登に見えるのである。
それが、登ったピークそれぞれに例外なく現れたパターンだった…。もう鷹ノ巣あたりでは「勘弁してくれ」という感じ。いい加減5時間は歩いていたので鷹ノ巣で暖かいものを作って落ち着いた。
いろいろな新緑のパターンをこの山行で撮ることができたが、2日目の行程で印象に残った景色のひとつが左の写真である。まさに「新緑、山を登る」と言わんばかりの光景である。これを望遠ズームで料理するのは美味しい。目にも優しい被写体である。それとカラマツの新緑もあの怪しげな色合いがたまらない。何かの写真集で見た時に「いつかは撮ってみたい」と思っていたが、今回撮ることができてまあ満足(カラマツの新緑ピークまではもう少し時間がありそう)だった。
雲取山からはずーっと富士山が見えている。南アルプスも雲の間に間に見えてきたもののやはり超然としている感じの姿には胸打たれるものがある。「富士は日本一の山」個人的には至言だと思っている。それに比べてその下方でごちゃごちゃしている山塊は、と目を転じれば、2、3、4月と登った山々ではないか。それはそれで思うところはある、というものである。
日陰名栗峰の頂上。ここでコンパクトカメラのフィルムが終わってしまった。間抜けな話である。一瞬デジカメ購入の構想が頭をもたげる。(金はない…)
後の富士山が(見えますか?)ここでも美しく見えた。
先に書いたようにこのピークも1700mはある。私の山の高さの基準(のようなもの)はやはり見慣れた地元の丹沢表尾根(おお!こんなところに出演とは!)なので、地図を見ても奥多摩までまだ相当下るなー、とまだまだ油断はできないと思ったりもする。
写真はないが、話はもう少し続く。
鷹ノ巣山で休んでいる間に上空に雲が広がり始め、富士山の秀麗な姿も見えなくなってしまった。陽も幾分弱くなったこともあって、撮影は一旦止めて縦走モードに切り替えた。途中、六ツ石山というピークもあったのだがこれはパス。先の条件プラス、いい加減疲れてきたこともあった。この六ツ石山からは本気で下るぞ、という感じの道になり、膝に負担をかけすぎないように(自分なりに)慎重に下りていく。地質的な構造からもこの辺の登山道は鋭いスレート状の岩滓が多く転んだだけでもただでは済まないような感じである。そんな中をマウンテンバイクが下りて私を抜き去って行った時は仰天したが、世の中にはいろいろな形で山を楽しむ人がいるのだと気を取り直して前進する。
新緑の広葉樹林帯から植林されたところまで下りてきて、油断が生じたのか何でもない山道でスリップ続出、足は思ったほど疲れてはいないようなので気の緩みだと自戒する。しかし、終いには杉の根っこに足をとられて前方に吹っ飛ぶ。これには自分が嫌になった。そしておまけは、下山直前に通りかかった神社で山行の無事を報告、などといういつもしないようなことをして、石段でけつまづき、両膝から転倒。この時は「やばい!」と思った。それで決定的な怪我を負わなかったのは不幸中の幸い、神の加護かどうかは知らないが、良い方に考えることにした。奥多摩の神は私を嫌っている、ということのないように。
午後2時、奥多摩駅に到着。下界と言うには大した標高差はないと思うのだが、とにかく暑い。最初は体調崩して熱でも出たんじゃないかと思った。が、家に帰ってニュースを見たら今年初の「真夏日」だったそうだ。まあ、そんな中歩いていたのかと改めて思う。
奥多摩の奥、雲取山の新緑はとても美しかった。GWは山に登るものだと今回の山行でしっかりと学習した私だった。
2002,GW,雲取山山行記 おしまい
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