宝永山

(静岡県:2693m)

2003,9,15

8月は山登りはお休み。その理由は簡単で7月にアルプス登山をしてお金がないからである。よって都内のスナップなどでお茶を濁していた。もちろんお金があればアルプス2ヶ月連続遠征もありえるだろう。しかし、ここで現実味のないことを書いても空しいだけなのでもうここでやめにしておく。

それで9月になって宝永山とはいかなることか。これに理由は特にない。日帰りで行けて、それで「あー登ったなー」という達成感の得られるところ、それでいて写真が撮れそうなところとまあ欲張りな条件はあったので、「じゃあ富士山」ということになった。

午前4時半、富士山御殿場口駐車場に私はいた。また深夜の246号線をかっ飛んで来たのだ。並行して東名高速もあるのだが、この時間は一般道もガラガラなので1時間くらいで来れるので無駄な交通費は使わない。よってよく働くサニー君は5月以来再び富士山スカイラインを登って来たわけだ。

富士山の一般的な登山シーズンは8月いっぱいといったところだと思っていたが、駐車場には結構車が停まっていた。こんな時間にいる車はもちろん登山者のそれであるといってよい。私は早速登山靴など履きながらモードを切り替えていった。天気は晴れ。星がまぶしい。眼下には御殿場の灯りが見える。

 

富士山御殿場口。一度この登山口から富士山を登ってみたかった。過去にこの日本一の山を登ったことがあるが、それはいずれもこの御殿場口は終点だった。なぜならこの道は「大砂走り」を主とする下山に向いたコースだからである。コース一帯は火山礫の砂場といった感じなので、その当時は「あー面白い、しかしこんなコースは登りたくはないな」と心底思っていたが、今はこの通り、困難に立ち向かおうというのである。これは精神面の成長というより酔狂にほかならない。

5時ちょうどに出発。足元はザクザクとしている。最初はそれほど傾斜が気にならないが20分も歩くと「これをずっと登っていくんだな」と遮るものが何もない広漠とした景色を見ながら進む。

季節柄、フジアザミが咲いていた。ピークは過ぎていたようだが、まだまだ見られた。花のひとつが拳大くらいある大きなアザミである。

とにかく何か目印がないとどこを歩いていいのかわからないのがこのコースである。写真のように大体の感覚で白い柱が立っている。登山道はこの左に九十九折であるのだが、傾斜もまだきつくないので踏み跡の多い「下山道」を登る。こっちの道は文字通り一本道である。

この写真で朝日に輝いているのが宝永山である。富士山で錯覚してしまうのがこの距離感で、「あんなところはすぐに行ける」と思いたくなるのだが、そうはいかない。御殿場口が標高1500メートル、そしてあの頂が2700メートル弱である。山登りをしたことが少なからずある人はわかると思うのだが、標高差1200メートルを登るというのは尋常ではない。しかもこの単調な道のり・・・。

まだまだ先は長い。

上の写真にもある白い柱を一本一本通過していると何やら下の方からエンジン音が聞こえた。

振り返るとブルドーザーが登ってくる。上から見ていると本当にゆっくりゆっくり登っているのだが、私を追い抜いていって見えなくなるまでそう時間はかからなかった。

あんなのに乗っかったらすぐなんだろうなー、とぼやきながら一歩一歩進んでいく私であった。

 

 

 今、どのへんなんだろうか・・・。

登っている所から上を見る。白っぽく見えるのは地面から沸き立つ湯気。 日が当たってくると自分の立っているところでも湯気が立ち始める。因みに下を向いています。 これは多分上を向いています。道がなければ上か下しかわかりません・・・。

確かに、宝永山に行くのはひとつの目的なのだが、こうして歩いてはや3時間強、かったるくなってきた。写真を撮るのが第一義的な山行にしては植生も途絶えた6合目付近ではただ歩くのみ、一気に高度を稼いでいることもあるのか疲労もそれなりにある。おまけに歩いているところに限って太陽を背負っている。

だからこんな写真でも撮るしかないのである。

孤独な登山であるが、忘れたころに先行者がひとりいた(幻かと思った・・・)。一声かけて抜き去ってまた孤独な登山になった。

そうこうしているうちに6合目に到着。時に午前9時。標高は2830メートルということだから、もうすでに宝永山より高いところにいる(笑)。地図を見るとここから彼の頂までトラバースしていく道があるはずなのだが、どこで見失っていたのか既に登る道しか残されていなかった・・・。

まあ、あと1時間くらいなら登ってもいいか、と道間違いの現実を無視してさらに登っていった。

わが歩いてきた道を見る。うーん、下から雲が這い上がってきてそれ以下は見えない。時折、空気を振るわせる轟音は自衛隊の演習場の音だろう。こうして現場に近い場所だと雷のようにも聞こえる。上の方は青空なのでまるで追い立てられているような感じなのだが、確かにあんな雲の中は歩きたくないので来るなよー、と思いながら一歩一歩登っていく(ほんとに「登る」としか書き様がない)

しかし、6合目を越えると、俄かに歩いているところの山容が変わってきた。砂礫だけの世界から溶岩が混ざるようになってきた。そのため足の引っかかりは良いのだが、リズムは一定でなくなってきた。足も内腿が少し引きつったような感じになってきた。登るのはそろそろ限界か・・・。

 

今度は影ではありません(笑)。小僧本人です。上を見ればこんな感じ。左右から稜線が頂上へと伸びているまさに日本一の頂までは指呼の間といった場所です。と、言っても道標にはあと「2.5キロメートル、1時間半」と書いてある。そこからが本番ということなのだろう。10年前なら勢いで「じゃあ、山頂まで」と驀進していただろうが、もうそんな無茶はできないので、7合目から宝永山に向かって下る(この時既に3000メートルは越えている)しか選択肢はなかった。

そんなわけで一番画になりそうな場所でこんな写真を撮った次第である。

 

今回の富士登山での最高到達地点

砂走館まで登りました

ここから先は火山礫の登山道

ここまでくれば明瞭な下山道(登山道をそのまま下りても下山道なのだが)がある。その名を「大砂走り」。実に心躍る(笑)ネーミングである。この道は過去の富士登山歴で2度利用しているので今回で3度目だ。ちなみに記憶はあまりない。とにかくいい加減な靴では靴そのものが破壊するような印象は持っている。これを下れば宝永山まで一気のはずである。下りのスタート時間10時20分。

すごいぞ!大砂走り。ザクザクザクザクザクザクザク、と跳ぶように駆け下りていく様は登山者というより修験者そのものではないだろうか。こんなところを走る駅伝大会もあるようだが、相当訓練しないと脚が破壊してしまう。背負っている荷物も重いので一度動き出すと加速度もかかってなかなか停まらない(停まろうとも思わないのだが)。要はコース取りさえミスらなければ何とかなる道ではある。もし停まらなければダイビングだ。そこに砂に埋もれた大岩がないことを願うばかりである。

ともかく、苦労して登った時間と高度はここに来て一気に消費された。

写真はそろそろ宝永山と同じ高さまで下ったかな、という地点。この道を進むと目的地だ。

小僧、宝永山に立つ。時に10時45分。標高は2693メートルである。

これは東側を見ている。この斜面を登っていたのである。それにしても富士山、この色彩実に極まれりといった感がある。

こういうのを「殺風景」というのだろうか。

「頂上」は登山者にとって「立ち寄り所」といった場所。案内板は破壊されているし、弁当広げて食べる、という風情からは遠くかけ離れた場所ではあった。

そこから見た宝永第一火口の上部。

さらに西側を覗き込む。

実はここに立ち寄ったのはこれで2度目である。これからこのすり鉢を下降して進むコースが今回初めてのものである。

これが第一火口の下部。

ここまで来れば、今まで人ともあまり会わない山行だったわけだが、続々とこのすり鉢の底から登ってくる人と遭遇、その人たちにとっては宝永山がこの日の最高地点なのだろう。時間帯からしてもあと一息といった感じの登山者ばかりだった。

しかし、この砂礫の登山道で私は目を疑わんばかりのものを見ることになった。

その@「革靴+ボタンダウンワイシャツ(ちょっと肩にコートなど引っ掛けて・・・)」(首から提げた最新デジカメが光ってる(笑))
すれ違いざまに「勇者よ!!」と心の中で叫んでしまった。実に勇気を与えてくれる姿だった。ゴールはもう少しだ!!

そのA「どうしてここまで来てしまったのか!?夫婦」
高年のご夫婦だった。ご主人は革靴にタウンジャケット、ご夫人はロングスカートにパンプス(もう砂礫に埋まっている・・・。捻挫しないだけ凄い)。もう「がんばれー」と心の中で叫んだ。もっとも私の迫力ある(?)下り姿を真横に見た直後に登るのをあきらめたようだったが・・・。

うーん、これは何だろう。ここまで来たということは、「あそこまでなら行けそうだ」と思った、のだろうか(きっとそうだろう)。天気が悪かったら来ないんだろうけど、悪くなったらどうするんだろうと、自分のことは棚に上げて心配してしまった。しかし、日本一の富士山だ。この人たちを弁護するつもりはないが、この山こそ誰にでも(どんな格好でも)登れなければならない山なのだと。

しかし、富士山はジーンズでスニーカーという出で立ちでさえかなりつらい山だと思うのだが、まさにこの勇気は「蛮勇」であろう。

下らん感想はやめにして火口の底で昼食にする。寒いだろうと思ってお湯を沸かしてインスタントの焼きそばを食べることにした。その「底」は休憩場所になっているらしく、多くの人が思い思いのことをしていた。私などは焼きそばを食べながら火口の上部を眺めるくらいしかすることがないのだが、なるほどこの火口は大きい。特に斜面は砂礫だが、その上部は複雑怪奇な溶岩が壁を形作っている。あの一部分が欠けても大落石になるだろう。

とにかく凄い眺めである。日本にもこんな場所があるのかとこの歳になって知った私であった。

 

第一火口の底から富士宮登山口方面に一旦足を向ける。出発は正午過ぎ、登りが与えた脚へのダメージはとりあえず回復していた。

写真は西側から見た宝永山。左側が第一火口になっている。

登山道も見える。山肌が黒っぽいので人が上り下りしているのがよく見える。まるで蟻のようで面白い。しばらく望遠レンズで見たり、撮ったりしていた。

 

第一火口から下ると第二火口を左に見て、御殿庭方面へと向かった。第三火口を通過する頃には木々が目立ち始め、御殿場の登山口とはまた違った様相を呈していた。木々の背丈は低く、落葉松なども箱庭の樹という感じがする。その一種独特な景観が「御殿庭」なのだろう。今回は何と情けないことにフイルムの消費のバランスを欠いて、この林を撮るまでには至らなかった・・・。残念至極である。しかし、今回来てみてこの「御殿庭」までならホイホイと来れそうな気がするので時期を選んでまた撮りに来たいと思う。

御殿庭から双子山に至る所で。
樹の高さは実に低い。紅葉時は面白い景色になるだろう(と思う)
何だか、日常の細々としたことなど吹き飛ばしそうな光景。フジアザミが大群落を作っていた。

双子山の鞍部を通過。もう御殿場口のゴールはもう少しである。景色もまた殺風景な感じになってきた。折りしもガスまで出てきてその不気味さがまた心地よい。やはりここは日常から隔絶されたければ「ここだ!」という場所のひとつにあげてもいい。この静寂さは何物にもかえがたいものがある。

普段は山登りをして「道間違えた」「こけた」などと反省することばかりで、全然精神の深まりも感じさせないのだが、この風景は私に思わせるものがあった。

まあ、こんな場所が自宅から比較的近くにあることを感謝する次第である。

 

それで、私は御殿場口駐車場に帰ってきた。到着は午後2時30分だった。もっとゆっくりしてくればよかったと思う向きがあるかもしれないが、クルマで来てしまうと帰りの渋滞が気になるのである。この時点で246号線はフツーに帰れるとは思ったのだが、どっこい工事渋滞が起こっていた・・・。もう脚がガクガク状態で渋滞のアクセル、ブレーキの操作は右手で脚を掬って「よいしょ」という状態(笑えない)だった。

無理な登山ペースは帰路の事故のもと、である。その自覚は大切だ。

写真は御殿場口の登山道概略図。出発時は暗闇の中だったので存在すらわからなかったが、フイルムが余っていたので撮っておいた。これを見て「やっぱり3000メートルは登ったんだなー」と妙なところで感心している自分があった。3000メートルは7月の穂高以来、まさか今日標高3000メートルの地に立つとは思っていなかったところによる感動であった。

しかし、ほんとに渋滞には閉口しました。新松田から渋沢(私の生息地)まで小一時間かかりました。クルマってそうなのかよ、と思った一日でもありました。

宝永山山行記 これでおしまい

 

 

 

 

 

 

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