駿遠プロジェクト
1999,G.W.
先月は桜を見に山梨は身延まで遠征した。ゴールデンウイークとは言え、2ヶ月連続の宿泊プロジェクト。今回も1泊2日の行程だが、蛍子の破格の計らいに感謝したい。
今回の目的は前回の身延プロジェクトの「忘れ物」の地を訪れることと、久々の「岬」を訪れることにあった。
時期はゴールデンウィークだが、仕事が早く退ける午後に出発。パターンとしては「身延」と同じである。
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職場を後にして東海道線を西へ。富士で身延線に乗り換える。前回「身延」で富士宮まで来ていて、訪れたのが夜だったので「白糸の滝」には行けなかった。やっぱり撮っておきたいなー、という思いもあったので更に西に進むこの計画だったがスタートは滝の写真撮影にした。富士宮からバスでゆるゆると登って着いたところは土産店がいくつか並んでいる決して新しくはない一時代前の雰囲気の中早速滝へと向かった。
写真はバスの終点からすぐ近くの「展望台」から見た白糸の滝。来たのは2回目だったが1回目は中学の遠足の時に来て以来なので記憶など曖昧だ。
自分の中にあった滝よりずっと大きく、迫力のある滝だった。
展望台から滝へは下りていくことができる。日も傾いている頃だったので暗くなってしまう前に新緑に光が差す条件を何とか生かそうとしばらく滝で写真を撮っていた。観光客(自分もそうだが)はほどほどにいてちょっとした賑やかな雰囲気もあり例のごとく「写真撮ってください」などという頼まれごとも2件くらい受け持った。
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白糸の滝で写真を撮った後は隣の「音止めの滝」でもレンズを向けてみたが、思いっきり岸がコンクリートで固められていたのでパス。こっちの滝のほうが勢いが良いだけに「何でだよー」とがっかりして去る。
バスの時間もまだまだあったので、俄かに見え始めた富士山にレンズを向けることにした。5月なのでまだまだ富士山はほどほどに雪がある。雲の切れ間を狙ってはいささかごつい感じのする「富嶽」を撮っていた。肉眼でも確認できる富士山測候所の白いドームが夕日に輝いていた。
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富士まで戻って時計を見るとまだ午後6時過ぎ。静岡方面に出る時はいつも丸一日の予定で動くのにこのまま帰っても少し遅い晩飯になる程度なのでいささか「簡単だなー」と拍子抜けしてしまった。白糸の滝を撮る、という目的なら半日で十分だったわけである。まあ、この後は焼津へ泊まる予定なので更に西に行く。富士を出て寝台特急に追い越されたりしながら清水まで来た時に気まぐれが始まり途中下車。
これは静岡鉄道で新清水から新静岡まで移動しようという考えだった。
静岡鉄道は、これは本当に小さい頃から気になっていていつか乗ってやろうと思っていたものだった。今までも清水や静岡は何度か来たことはあったが日本平経由で抜けてしまうばかりだったのでこの鉄道の利用はなかった。まあ沿線は住宅地なので夜に乗っても景色が見えなくて残念ということもない。ちょっとしたローカル線気分を味わおうと思っての乗車だった。
新清水からの乗車は多くなく、空気を運んでいる感じでもなかったが侘しい気分は十分味わえた。
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静岡からはまた西へJR線を使う。県内一の都市でもあるため、帰宅ラッシュに巻き込まれる。いっぺんに旅行気分とさっきまでのローカルムードは吹き飛んだ。そして焼津到着。静岡近郊のベッドタウンという感じが強く通勤・通学者と私をどっと列車は吐き出して去って行った。次の日はここから沿岸をバスで行って御前崎に行く予定である。閑散とした駅前のコンビニで夕食を買ってビジネスホテルに投宿。ますます旅行をしているという感じのしない夜だった。
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翌日、御前崎行き。早起きはしたものの窓の向こうから大きな太陽が赤々と昇っているのが見える。焼津港で日の出を撮ろうとしたがその意味で決定的に寝坊した・・・。おまけに焼津駅でお目当てのバス乗り場を探しても見当たらない。そういう意味で朝早いので聞こうにも周りに人がいない。何かがおかしい、と駅に入って時刻表で調べてみると、何とその路線は4月(1ヶ月前)から廃止となっていた。私は2ヶ月前の時刻表でこの計画を立てたためその準備不足からこの憂き目にあっていた。つくづく駅員などに聞かなくて良かったと思った。こんなことってあるんだな、などと妙にそのアクシデント(とは言えないかもしれないが・・・)を楽しんでいる私だった。
御前崎行きのバスは焼津よりいくつか先の菊川から出ていて、その始発バスまではまだまだ余裕があったので、昨日晩飯を買ったコンビニで朝食を買って駅で食べていた。
写真は菊川駅。大井川を渡ると何となく景色が違っているように見え、旅行している気分になってきた。
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写真は御前崎灯台。バスで1時間ぐらい茶畑の多い台地を突っ走っていた。GWで天気もいいためそこそこ人が乗るのでは、と思った路線だったが意に反して5人の客で最後まで乗ったのは私一人だった。こんなことではこの路線も廃止してしまうかもしれない・・・、などといらぬ心配をする。
御前崎は明るい感じのする岬だった。台地にあるとは言え断崖というほどでなく何しろ目の前の太平洋の存在が圧倒的なので岬の規模などはまるで問題にならないくらい小さく感じる。御前崎灯台はお金を払って上ることができる灯台なので「お約束」という感じで上ってみた。感想としては格別なものもないが改めて目の前の海の広さにただただ感心するのみだった。
あとは海岸に下りてこの灯台を眺めたりしていたが、何とも気が抜けてしまうくらいの穏やかな天気だったので写真を撮ることよりぼーっとしている時間が長かった。こんな感じのした岬も珍しい。写真にしにくかったなー、などと思いながら1本早いバスで途中の浜岡まで引き返し、これも前から気になっていた「浜岡砂丘」に行くことにした。
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バス停の浜岡から写真の砂丘まで少し歩いた。平坦な道のりだったが日が高くなるにつれ暑くなってきた。やはり初夏である。宮城まりこさんが創設した「ねむの木学園」を左に見ながら、さらに南へ歩いたところに写真のようなつかみどころがないくらい延々と続く「砂丘」があった。砂丘ではやはり「鳥取」のインパクトに及ぶべくもないと感じたが、逆にこの延々たる景色の魅力も捨てがたい。この海岸線をもっともっと西に行くと浜松の中田島砂丘がある。この地域一帯は「南遠大砂丘」とも書いてあるものがあるが、いちいち観光地にしていたらきりがないほど広いのだろう。そんなことを勝手に理解してこのつかみどころのない景色と格闘していた。
ちなみにこの景色の背中には浜岡原子力発電所がある。何か、「あー、いい所だな」と思った場所にこういう施設があるというのも皮肉なものだな、と今回も感じた次第である。
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この砂丘は前の写真の左側には黒松が植林されていてびっしりと濃い緑の絨毯が敷かれているような景色になっている。その中を遊歩道(迷路?)があるので「砂丘」という感じはあまりしない。ただ足元は常に砂なのでだだっ広い砂浜を歩いている感じである。
この写真は帰り際に到達した「砂丘」の入り口。看板にも「浜岡大砂丘」と書いてある。「おー、立派に砂丘だなこれは」と。この景色を見なかったらまた違った感想を持ち帰ったに違いない私はこんな写真を撮ることでこの後はどこに行こうか茶店の団子を食べながら考えるのだった。
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浜岡営業所から菊川と掛川の2つのバス路線があったが来た道を戻るのは嫌だったので掛川行きに乗ったがこれがえらく時間がかかった。しかし、道々の景色は茶畑の中に鯉幟が見えたりとなかなかのどかなものだった。そんなのんびりした景色を見ながらのバスだったので終点近くで目が覚めるまではいい気持ちだった。これなら菊川行きに乗っても同じだったかな、と掛川駅に着いて思ったりもした。この時点でもまだ次にどこに行こうかは決まっていなかった。
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写真は家山駅。大井川鉄道の駅である。結局茶畑のある景色を撮ろうと金谷に着く直前に思い立ち、それならばもう少し山に入って行こうと金谷で下車。乗り換え時間ギリギリに列車に飛び乗り、駅でもらった沿線ガイドマップを見ながら、撮影時間を考慮してこの路線でもそれなりの賑わいをみせている家山で降りることにした。
連休といえども下りの列車は閑散としていた。午前中いっぱいいい天気で会ったにもかかわらず山沿いでは雲が出始めて日の光は差していない。ちょっと暗い風景になりそうだなどと思いながら、駅で記念入場券を買ったり、駅そばのお茶屋さん(本当の茶屋)で川根茶の新茶を買ったりしていた。
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家山駅の時刻表を見るとしばらくすれば上りのSLが到着するという。私は走っているSLを見たことがなかったのでそれはそれは喜んで「SL撮るぞ」と駅から少し離れた線路際で待っていた。
しばらくすると今までに聞いたことのないような音(ドラフト音というらしい)が遠くから聞こえ汽笛が一発聞こえた。トンネルの向こうから黒いものがこちらに向かってくるのが確認できた。
「よし!」と気合いを入れてファインダーを覗いたら何と機関車が後ろ向きに走って来るではないか。そんな風にして客車を引いている写真は見たことがあるがはじめて見たのでびっくりしたと同時にがっかりした。
まあ、それでも間近にあの黒い機関車が通過する時には相当な迫力を感じた。走行するSLの撮影はそんなわけで空振りだったが、その姿は印象的なものだった。
写真は家山駅前の大井川。とても広い川原である。
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家山駅から山側に歩き始め少し小高いところまで登ってみる。金谷付近の牧之原台地の茶畑はバリカンのようなものでお茶の葉を刈り取っていたが、ここではこの日見た限りではみんな手で摘んでいた。茶畑の規模とこの立地条件を考えてもかなりの労働である。そんな景色の中を三脚かついでうろうろしている観光客がひとりいる。実に場違いな観光ではある。
目をもっと山側に転じてみると更に茶畑は続いている。この「特産物」に入れる力の入れようはその土地ごとに感じるものだが、牧之原以上にこの家山で「お茶どころ静岡」を感じることができた。
眼下には左から右に流れる大井川、それに沿って走る大井川鉄道が見られた。折りしもSL列車が家山駅を発車する時刻になったらしく、汽笛を鳴らしている。周りの山々に反響するその音には感動させられた。今度来る時は鉄道好きのボーズと一緒にあのSLに乗りに来ようと思った。
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家山からはもう来た道を帰るのみ。帰りものんびり行けるかななどと思ったが、ここにきて連休らしさを感じる混雑に遭遇した。列車は満員状態で家山よりも先の千頭や寸又峡へ行っていた人であることは土産の袋などで知れることとなったが、一山登った後でこの立ちんぼう状態はかったるかった。
そういうわけでもう少しゆっくり帰ろうと、金谷も目前の新金谷で下車。旧東海道の宿場町(現在は商店街)を歩いて金谷まで行こうと考えた。
写真は大井川鉄道の車両。昔の南海電鉄の車両らしい。往路では元近鉄の特急車両に乗った。そんな車両たちが走っているのが大井川鉄道である。
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新金谷駅を出て車両が置かれている車両基地(?)に目をやると黒い機関車があるではないか。鉄道会社の駐車場に一番近いところに止まっていたのでスタスタと入って行き間近で現役のSLを見ることができた。よくある公園の保存車両と違うところはやはり車輪が光っていることだろう。C11というのはそれほど機関車の中では大きいものではなかったような記憶があるが、どうしてどうして大層な存在感である。
ますますこの機関車が引っ張る列車に乗ってみたくなったことはいうまでもない。
こんな写真を撮って、そろそろ暮れようとする元金谷宿の町並みを金谷駅に向かって歩き始めた。
金谷から小田原までは約2時間。新幹線は予算外なので普通電車を乗り継いで家に帰ったのは夜9時過ぎだった。
計画なしのアドリブありでそれはそれでいろいろな要素を楽しめた駿遠撮影行だった。
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駿遠プロジェクト おしまい
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