◇迷い人8〜出発〜◇

 

ダン!ダン!ダンダン!!!!
 突然、皆がいる部屋の扉がけたたましくなった。

 皆がか恐怖を感じているのがわかる。しかし、キョウカには別の感情が沸いていた。
(この感じ・・・)
 キョウカには皆の制止は聞こえなかった。
 扉に近づくほどに、その感情が大きく、そして暖かさを増す。
 扉に手が届く。その時ライシャがその手を阻んだ。
「誰だか、相手が判らないのに・・・。いけません」
「誰だか判らなくない!!あたしには判る!!!だから、離して!!!!」


 ライシャは首を小さく横に振った。
「落ち着いて。分かったわ、私が開けましょう。」

 キョウカは、何を考えていたのだろう、と一瞬、我を疑った。ライシャの方を向いた。
「すみません。でも、自分で開けます。」

 キイ、という音がして、扉が開いた。


 そこには、自分と同い年くらいの少女が立っていた。

「キョ、茴香・・・」
「す、昴・・・」

二人はそれ以上は何も言わず。ただ、互いを抱きしめた。


 突然の事に驚いた一行は、呆然と彼女達の様子を見守るしかなかった。
 そんな中でキョウカと昴は互いの存在を確かめ合う。
「茴香が突然消えたって聞いて、すっごく心配したんだよ!もしかしたらと思ってこっちに来てみたら、街が『水を渡りし姫』だの『空からの水』だのの噂でもちきりなんだもん!」
 昴は一気にまくし立てる。
「なんでこっちに来てるのよ!?もしかして、あの男に呼ばれたの!?」
 昴はそう言って、突然鋭い視線をアレクシスに向けた。
「…初対面のはずのあなたに『あの男』呼ばわりされる覚えはありませんが?」
 アレクシスも鋭い視線を返す。
「あんた魔法使いの司のアレクシスでしょ?あんたがここにいるんなら、こんな真似したのはあんたぐらいしかいないじゃない」


「さあ、帰るよ!」
「え、でも…」
「いいから!!」
 昴は茴香の腕を掴むと無理矢理引っ張って部屋の外へと連れ出すと、庭を突ききり、ロイ達の馬車が止めてある付近を走り抜けた後、屋敷の外へ出た辺りでやっと足を止めた。
「何だか知らないけど、どうせ誰かにイイように利用されてるだけだから…。」

 どうやらここへ来るまで乗ってきたのか、昴は近くに止まっていた馬に飛び乗った。
「商人の馬車から荷台一つカッパらってきて良かったなぁ…。」
「ほら、茴香、早く乗って。」


「ごめんなさい…ちょっと待って。わたし、やらなきゃいけないことがあるの。」
「やらなきゃって…あなた、捕まってたんじゃなかったの?」
「さっきまではそうだったわ。でも、あの人たちが助けてくれたのよ。それに…」
 茴香はディアルド邸の門の方を見ました。今ならば昴とふたりでこの場を去ることも難しくはないでしょう。とはいえ、捕われたままであれば今頃はこの世界の裁きの場に出されていたかもしれなかった茴香を助けてくれたのは他ならぬアリステーゼであり、彼女は茴香や昴と殆ど同じくらいの年頃であるにもかかわらず、ふたりよりもはるかに大きな問題を抱えているのです…
「昴、茴香の事情もあるだろうし、なりゆきを聞いてから決めても遅くないんじゃないか?
 ちょうど屋敷には杖を持った解説者殿もいることだ。」
 馬車の御者席から同じクラスの沙崎玲の声がしました。昴と一緒にこちらに来たのでしょう。


「えっ!?沙崎君もっ!?なんで!?………きゃあッ!!」
「茴香ごめんっ、説明は後でちゃんとするから。玲、出して!」
 驚き戸惑うキョウカを昴は女とは思えないほどの力で馬車に引っ張り上げ、玲に声をかけた。その勢いに体が勝手に反応した…とでも言うのだろうか、玲は馬車を出発させた。

「あのじゃじゃ馬娘やってくれたな…」
 地下室に取り残されたロイはキョウカやアレクシスと入れ違いになるように入ってきた商隊の者の報告を聞いてそう呟いた。だが、その表情はにこやかだ。
「じゃあ、俺達も行くか。女神さまが怒り出さないうちに…と、アリステーゼ」
 ライシャを伴って部屋を出ようとしたロイは思い出したかのように呆然と佇むアリステーゼに声をかけた。
「俺達はお前が城を出ることは反対しない。お前の道だ。屋敷を出るのならお前の力で何とかしてから出て来い」


 アリステーゼは次から次へと起こる事態に、頭が混乱していた。ロイの言葉に我にかえり、ハッとロイのほうを向いた。
「状況がよく分からないようだが、迷っている暇はないぞ。」
 アリステーゼは迷ったが、それでも答えは最初からでていた。

「はい・・・!」


「…ロイ、姫君をお連れするならばシレギアのラドムール・セレス・レーテ殿を訪ねるといい。
 アリステーゼ姫の名はシレギアでは≪ディレイの賢姫≫として知られている。
 副長のレーテ家はウィステリア奥方のご実家だ。ラドムール殿も妹がディレイで大切にされていたことはご存知だから姫君を粗略にはしないだろうし、長にも言い訳がたつ…と…思う…」
 アレクシスはレーテ家の屋敷の所在と今回の事情説明を書いた紙をロイに渡しました。

―ロイ殿、わたしをパルムから連れ出してちょうだい。フェイラムの家に惜しむものはないわ。
 あんな人たちに未来を決められるなんて…真っ平よ!―
 ライシャはパルムを出るロイたちを引きとめた言葉を思い出していました。ロイはそのままライシャを一行に迎え、旅に不慣れな姫を庇いながら一員として受け入れてくれたのです…


「一つ面白いことを教えてやろう」
 突然ロイはアリステーゼにだけ聞こえるような小さな声で囁いた。
「?」
「パルムの第二姫、ライシェリーゼ…彼女は病死ではない。表向きは病死とされているが、本当は自殺だったという話だ」
「!?」
 アリステーゼは勢い良く顔を上げ、ロイをまじまじと見る。
「しかもその遺体は葬儀後に行方知れずとなったらしいぞ」
 アリステーゼの視線に答えるかのように、ロイはそう言って口の端に意地の悪い笑みを浮かべた。
「な…何故そんな事を私に?」
「さあ?俺は気まぐれだからな」


 アリステーゼはロイが何を言わんとしているかを察知しました。
 それに気付いたのはひとりではありません。ライシャも夫の言葉の真意を感じたのです。
 ふたりのティーアがほぼ同時に気付いたのはそのことだけではありませんでした。
 ロイの提案は確かに名案ですが、アストラウルに後添えを迎える意志がなく、アリステーゼにも夫も子もない現在、彼女に万一のことがあればディアルドの血脈は途絶えてしまいます。
 つまり、アリステーゼがロイのアイディアを実行に移すことを考えるのならば、その前にディアルド家の親戚筋から養子を迎えるか、未来の夫として誰かを選ばなくてはなりません。
 この案を実行に移す際には、アレクシスに父の怒りが向かないような細工を施すことも大切ですが、ティーアを名乗る者としての義務を果すこともまた忘れてはならないことなのです。
―わたしが伴侶となる殿方を…次代のディレイ街長となる方を選ぶのならば…でも…―


 アリステーゼの胸の内では、ある人の面影が陽炎のよう揺らめいていた。

 その頃、三人を乗せた馬車は偶然にもシレギアの方向に向かっていた。


「で、どうするんだ?」
 玲は馬車を御しながら昴に問い掛ける。
「とりあえず、あそこに行って。そこでロイやライシャたちと待ち合わせだから」
「りょーかい」
 たったそれだけの言葉で玲は彼女の言うことを理解したらしく、再び前に視線を向けてしまった。
 そしてその行く先をティセナ湖へと向ける。
「す…昴…??」
 キョウカは相変わらず呆然とするのみだ。
「突然ごめんね〜。でも、私、あの男が大ッ嫌いなのよ!魔法使いの塔に住む奴等って大ッ嫌いなの私」
 昴はキョウカにニッコリと微笑みつつも、強くそう言い放った。


「…ちょっと。茴香、そのネックレスは何?」
 茴香の首にかかっている品に気付いた昴は急に真面目な表情になって友人に問いかけました。
「アレクシスさんがくれたんだけど…わたしにも詳しいことはわからないの。
 ロイさんとアレクシスさんはこの―≪黒竜の水晶≫を受け取ったらマトゥーラという場所に行って女主人になる儀式をしなければならないとも言っていたわ。」
「茴香…もしかすると、あなたがここに来たのは偶然じゃないのかも…」
「昴…どうしたの?」
「武器や魔法具には自分の意志で主を選ぶものがあるけど、まさか異世界人を選ぶとはね。
 こうなったらロイにはかわいそうだけど、マトゥーラに寄るのは避けられないわね。」
 昴は馬車の枠に背を預けました。


(昴、あなたは一体どこまで知ってるの・・・?)
 キョウカは自分以上にこの世界に詳しい昴を疑問に思った。
 沙崎玲がこの世界のことにあまり疑問を抱いていないのも、彼女には不思議だった。

 馬車は土埃を上げながら、目的地へと走り続けた。


 そろそろ黄昏が近いのでしょう。3人が屋敷を出た頃、既に太陽は西に傾いていたのです。
「ねえ、昴…あなたどうしてこの世界のことを知っているの?」
「多分信じられないでしょうけど、ここには前に玲と一緒に来たことがあるの。」
「それでこの宝石のことや、ロイさんたちや…マトゥーラという地名を知っていたのね。」
「“武器や魔法具には自分の意志で主を選ぶものがある”のは地球だけじゃないと思うの。 だから、茴香をここに呼んだのはあの魔法使いと≪黒竜の水晶≫の両方だともいえるのよ。」
「すると、まさか…わたしの名前にマーシアがついたのも偶然じゃなくて………」
「そして近いうちに水晶の女主人になるのも必然ね。マトゥーラ行き…ロイにどう頼もうか…」
 昴は溜息をつきました。いまのところ、一行のなかで魔法使いの総本山の位置を正確に知っているのは、その地に行くことにはあまり気が進まないでいるロイひとりしかいないのです。


 ため息と共に考え込んだ昴を見て、茴香も考えをまとめようと視線を空へと移した。
 黄昏が近づいた空には、端の方にあの大きさの違う二つの月がのぞき始めている。
「これから私、一体どうなってしまうの・・・」声にならない声で茴香はつぶやいた。
 その様子に気づいた昴は茴香をしばらく見つめていたが、やがてニッコリと微笑むと
「元気出しなさいよ〜茴香!大丈夫よ、私たちがついてるでしょ。
 マトゥーラに寄るのはちょっと予想外だったけど、大丈夫、きっと上手くいくわ。」
 昴は最後をゆっくりと力を込めて言った。その声に茴香は確信のようなものを感じた。


 茴香達がティセナ湖に向かい始めたころ、ロイたち商隊一行もディレイを発とうとしていた。
「今回は慌しくてすまなかったな。次にこっちに来た時はゆっくりしていけよ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
 アレクシスが街長の屋敷の前で彼らを見送る。その後ろにはエリダイルとアリステーゼの姿がある。
 ロイとライシャはアレクシスの言葉に笑顔で答えた後、隊に出発の合図を出す。
 六台の馬車は静かに屋敷を出発する。
「またな」
 三人に笑顔で別れを告げ、馬車が屋敷の出口へ向く瞬間、ロイとライシャは一瞬だけアリステーゼを見る。
 それを見逃さず、アリステーゼはアレクシスとエリダイルに分からないように小さく頷いた。
 それを目の端で確認して、ロイたちはディレイを後にした。


 アリステーゼは馬車のカーテンの隙間から外を見た。馬車自体が揺れているらしく、アリステーゼも同じように揺れた。

 まだ、心が落ち着かないのか、鼓動が早くなっていた。カーテンから目をはなし、自分を言い聞かせ、まっすぐと前を向いた。


「姫君、もう顔を出しても大丈夫よ。」
 ライシャの声を聞いたアリステーゼは馬車のカーテンを開けました。
「あなたには初めての旅だろうから不便もあると思うわ。不都合があれば遠慮なく言うのよ。」
「ライシャ夫人、お心遣い有難うございます。」

「…姫君はああ仰言っていたけれど…御一人で外にお出しして本当に大丈夫かしら…?」
 アレクシスの魔法でアリステーゼに扮しているフェラーダが呟きました。
「君にかけた姿変えの魔法の効力期間は半年だ。その間、ロイたちが姫を保護してくれるさ。」
「何よりもこれは姫君が望まれたことだ。わたしたちは各々のなすべきことを果そう。」
―今はこうすることが姫君の真の幸福のためなのだから―
 エリダイルは声には出さずにそう付け加えていました。


 事情を知る人々の心遣いをひしひしと感じつつ、アリステーゼは今まで出た事のない町の外へと出た。

 今後、この『ディレイ』と呼ばれる街はどうなるのだろう…。
 大きく変わっていくのか、それとも何事もなかったかのように現状を維持したままで時を刻んでゆくのか…。

「ありがとう…」
 アリステーゼは口の中で小さく呟く。
 そして強く前を見据えた。
 その姿からはそれまでの迷いは見えなかった。







「桜色の竜」へ
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参加者:れいあさま 瑞穂さま 一器さま
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