「―と、いつまでもここに座ってはいられない。あいつらを逮捕しないと!」
「その件だったら心配御無用。警察…じゃなかった、治安局が動いてるわよ。」
昴は広場の方を示しました。
「よかった。君達には礼を言うよ。君達が来なかったらぼくも女魔法使い殿も危なかった。
…人助けに行って逆に助けられるとは―ぼくの修練不足だな。」
「あなたは勇気ある方よ。あなたとキィがいてくれたからこそ助かったんですもの。ええと…」
「ぼくはセイレナーン・タイス・マユール。ここの長の長子だ。」
若君の名を聞いたアリステーゼは「まさか…?」と思いつつも驚かずにはいられませんでした。「マユール」というのは、彼女が12歳だった頃に起きた温室の屋根の崩落が原因でアストラウルの不興を買い、家族もろとも行方知れずとなったディアルド家御用達商人の家の名です。
昴が小さく頭をさげた。
「そう。あらためて礼を言うわ。有難う」
玲は少し驚いて見せた。どうやら礼を言ったことに対してびっくりしたようだ。
昴がそのことに気づき、玲を睨んだ。
「何よ」
「いや、別に」
「マユール殿、ミュセアはまだ新しい都市です。以前はどちらにいらしたのですか?」
アリステーゼは思い切って聞いてみた。
「セイレナーンで結構ですよ。以前、私の家は商家としてディレイにありました。たまたまそこを出てワナルに向かうところでここの話が持ち上がって・・・もともと手広い商売をしていましたので、ミュセアの主だった人たちは私の父に賛同してくれた親しい人物ばかりなんです。ミュセアは商業に関する規制が他の都市にくらべて緩やかなため、ここ数年急激に大きくなりました。ですが最近は治安も悪くなりつつあるようですね。あんな奴らが昼間からうろつくとは・・・。
・・・そうだ、よろしければ今夜は私の家に泊まりませんか。また彼らと出くわすかも知れませんし、私の家なら安心ですよ。」
「お申し出、感謝します。市場付近に連れがいるのでこの件を連絡してもよろしいかしら?」
アリステーゼは姫君らしい物腰で受け答えます。
「若君。ここにいらしたのですか!」
唐突に現われた男性の声が会話を遮り、セイレナーンは声に反応してびくりとしました。様子から察するに、若君の教育係と思われる男性はセイレナーンを長時間探していたようです。
「イルセイン……。とうとう見つかったか…。」
「『イルセイン……。』ではありません。勉強を放り出してどこに行かれたかと思えば…
こう度々無断外出されてはファルニアナ姫が16歳になるまでに勉学課程は修了しませんよ。」
「あと4年もあるじゃないか。外界に出ての社会勉強も長教育の立派な科目だと思うが?」
「若君、屁理屈はおやめくださ…失礼、お客人でしたか。」
「イルセイン、この方達を家に招きたい。父にそう伝えてくれ」
「はは。お早いお戻りをお願いします。では、後ほど」
イルセインはお辞儀をして、去っていった。
セイレナーンはイルセインが見えなくなったのを確認すると、アリステーゼのほうに向き直った。そして、彼女をそっと抱きしめた。
「!」
「変装したって判るよ。御転婆アリス」
「まあ…なんということ。」
ライシャが行った変装は完璧のはすなのに簡単に見破られるとは思ってもいなかったのです。
「そんなに見事な髪の持ち主はヴェストゥール中探してもあなたの他には2人といないよ。」
「―見事なのは外見だけじゃない。」
玲が小声で一言加えました。
「失礼、戦士殿。女魔法使い殿と…あなたたちの名を聞いていなかった。」
「ぼくはレイ・サザキ。彼女たちはスバル・セイキとキョウカ・マーシア・サネモリだ。」
「驚いた。あなたはカルドの名を持つ戦士じゃないのか?」
セイレナーンは藍色の瞳に驚きをみせています。≪カルド≫とは戦士や軍人が名に持つ音です。さっきの戦いでセイレナーンは彼を戦士か軍人の正式な位を持つ者と判断していたのです。
「君よりは少しは実戦経験があるからね。それより、どうして君はアリステーゼを知っているんだ?」
玲はアリステーゼと親しげな様子の若君が気になるようだ。
「私の家はディアルド家とは懇意にさせてもらっていたから、小さな頃から父の仕事のたびにアリスの話し相手としてついて行っていたんだ。アリスのことなら、君よりは少しは知っているよ。」
育ちの良い若君は、悪びれずににっこりと笑って返した。見ているものが、ついつられてしまうような微笑みだった。
「それよりアリス、その変装は一体どうしたんだい?その肌の色もなかなか似合ってはいるけどね。」
「ごめんなさい、セイレナーン。このことは誰にも言わないで黙っていてほしいの。
あなたのお父様にも、誰にもよ。お願い。」
「………。その言い方だともしかして街長様に黙って出てきたのかい?」
セイレナーンは眉を顰めて問い掛ける。それにアリステーゼは小さく頷く。
「………」
それを皮切りにセイレナーンは黙り込む。眉間にしわを寄せながら何かを思案するようにアリステーゼを見ている。
「セ………」
“ぷっ…”
たまりかねてアリステーゼが声をかけようとした時、彼はいきなり吹きだした。
かと思えば、お腹を抱えるようにして俯いてしまう。その背は小刻みに震えている。
そしてさほど間をおかずしてあたりに響き渡る大きな声で笑い始めた。
「いつかやるかも…って思ってたけど、本当にやるなんてな」
「そうだよな…いくら街一番の豪華な部屋をあてがわれても幽閉同然ではたまらないもんな…」
真面目な表情に戻ったセイレナーンは呟きました。彼もアリステーゼが屋敷から一歩も出ることなく成長した姫であることを知っているのです。
「―あら。茴香、あの人、ロイに似てない?」
広場の方に目をやった昴は南国人らしい男性を示しました。昴が示している男性は魔法使いの白い上衣を着ています。肌色の濃い魔法使いはさっきの騒ぎの原因を調べに来たのでしょうか。
「いわれてみればそうね。」
「誰だい?ああ、アドレイン・マティス・セダイユ殿だ。さっきの一件を調べに来たのかな?」
「セダイユ」という名は昴にも玲にも聞き覚えがあります。これは、さっきの騒ぎを聞きつけてライシャとともにここに向かっているロイの苗字でもあるのです。
その人物は、やっと茴香達四人を見つけた。
そして、男は、セイレナーン達四人を見つけた。
その男は、四人のすぐ向こう側にある人影に目をやると、あの男の目には、逆光で暗く沈んでいる人影が映った。
彼は、目を見開いた。
捕縛の手を逃れた盗賊の頭目は4人に焦点をあわせますが、さっきの白光の名残のためか、まだ視界がおぼつきません。目の状態が正常に戻るまでにはあと少しだけ時間が必要なようです。
「若君、ご機嫌麗しゅう。そちらの方々はお客人ですかな?」
「この3人は古い友人なんだ。つもる話もあるので今夜は屋敷に招待しようと思っている。」
「よいことです。同じ年頃のご友人との歓談も御身には大切な経験となりましょう。
ところで、そちらのお嬢様は高位魔法使いですな。総司殿は現在いかがお過ごしかな?」
アドレインから声をかけられた茴香は黙り込んでいます。総司の助力で竜を目覚めさせ、守護竜と絆を結んだ高位魔法使いはマトゥーラの魔法使いの塔に起居しています。ゆえに肌色の濃い魔法使いは茴香はマトゥーラから来たものと思っているのでしょう。しかし、茴香はマトゥーラに行ったことも、総司シェルファーラに会ったこともないので返答のしようがないのです。
「レイ!」
アドレインは聞き覚えのある声に驚いた。
懐かしいが聞きたくない声・・・。
玲達はロイを呼ぶかのように腕を大きく振った。
ロイはアドレインに気づいたようだったが、平静を装うように玲や昴の名を大声で呼んだ。
「ご無沙汰だな」
昴はロイの言葉に眉をしかめた。冗談をいうロイには疲れるといったところだ。
「それほどご無沙汰ってわけでもないでしょ。それより・・・」
昴はチラリと横目でアドレインを見た。
「ほぉ、ライディストの隊長ではないか。貴様のようなものが、このような高位魔法使いと知り合いとはな」
「ええ。今、彼女をマトゥーラに送り届ける任を受けておりますので」
ロイとアドレインは、あくまでも冷静にいようと努めながら言葉を交わす。
ただならぬ緊張感を感じてか、キィはキョウカの肩をギュッと掴んだ。
(心配しなくてもいいのよ)
キョウカは心の中でそう呟き、キィの頭をそっと撫でた。
「今夜、ミュセア地下道を通るつもりなのか?」
「今日はこのミュセアにとどまり、明朝の出発の予定です。」
「ほう、なるほどな…。」
しばらくして、ロイとアドレインの淡々とした会話が終わった。
アドレインはしばらく広場の見回りをすると、何事もなかったかの様にその場を去っていった。
そこには、二人がいったい何を話していたのか内容が分からない程、上辺だけの不自然な会話が長々と繰り返されていた。
「ライシャ。すまないが、念のため夜のうちにミュセア地下道を通る。皆にも伝えてくれ。」
「ええ…」
ロイに返事をしたものの、ライシャの声にいつもの威勢はありません。
ライシャはパルムの街長を父に持つ姫ですが、ライシャの父が周囲の猛反対を押し切って2度目の妻に迎えた母エリーシアは古い時代に≪封印の魔法≫を受けた一族の末裔でした。≪封印貴族≫に連なる者が受ける扱いや周囲の者の視線については≪封印貴族≫の末裔エリーシアが産んだ姫としてフェイラム家で過ごした日々に身をもって知りました。その体験から、ライシャは夫と義父不仲の原因の一端は、ロイの妻である自分の血筋にあるものと考えているのです。
「気にするな。ライシャ、おまえには咎はない。」
―わかっている。父のことも逃げてはならない問題だということは―
ロイは自分に言い聞かせるように呟きました。
アドレインは館への家路を急いだ。
高位魔法使の誕生が総司や竜騎士団団長の助けなしに起こったことを各所に報告するために。
(あの男に任せては、マトゥーラに着くのはいつになるかわからん。)その思いが、彼の頭の中にあった。
立場上、自分が行くわけにはいかない。信用の置けるしかるべき人物と護衛をつけ、一日も早くマトゥーラにキョウカを送り届けたい。
だが、彼には思い当たる人物がいなかった。
館に戻ったアドレインは真直に仕事に使う部屋に入りました。机の上にはヴェストゥールに存在する魔法使いの塔がすべて記してある大きな地図があります。
魔法使いが短い詠唱とともに杖を操ると、室内にたくさんの小鳥が姿を現しました。
書状をつけてさえずる光色の小鳥はヴェストゥールの主だった魔法使いの塔の数だけいます。
魔法の結果を確認したアドレインは窓を開けて光色の鳥を解放しました。解き放たれた鳥たちは、次代の総司になる乙女が出現したことを記した書状にある所在地へ向けて飛んで行きます。
次の仕事は茴香の護衛を探すことですが、彼の塔には適任者の心当たりがありません。長男ウェルディスには魔力がないのでマトゥーラの塔には行ったことがなく、ミュセアの魔法使いの司の座を継がせるためにアドレインが直々に教育している孫クリスナウルも幼すぎます。
「ロレイナールがマティスの名を持っていれば頼りになったであろうな…。あの不孝者めが。」
「なぁに〜、今夜はセイレナーンの家に泊まれるって思っていたのに、もう出発しちゃうの?」
昴はロイを横目に、少々手荒に食料を荷台に放り込みながらぶつぶつ言った。
「まぁまぁ、そう言うなよ昴。ロイにはロイなりに何か考えがあるんだよ。ここが物騒なのは、さっきのでよーく分かったろ?こんなとこ、早く出たほうがいいに決まっているさ」玲はにこやかに、荷造りの手伝いをしながら昴に言いきかせていた。
「アリステーゼさんのことを皆に分からないようにするためにも、きっとその方が良いんでしょう。・・・それに、さっきからなんだかキィも落ち着かなくて。」
キィは茴香の肩の上を右から左へ行ったり来たりしている。時折、下へ降りては空を見上げて何かをじっと見るしぐさもしていた。
・・・その時突然、一番向こうの馬車の方から大きな物音が聞こえた。
「え・・・何!?今の」
茴香はバッと後ろを振り向いた。同時に昴達の顔色も一変した。
「行ってみよう」
ロイは冷静に判断を下した。しかし万が一のこともある。ロイは昴達の方に振り向いた。
「君達はここにいなさい」
昴は顔をしかめた。どうやら気に食わないらしい。
「いやよ。私たちもいくわ」
「スバル、ここにいるんだ。君は妻と姫君たちを頼む。―レイ。」
昴を制すると、参戦を望む昴とは逆に女性達の―おそらく正確にはアリステーゼの―警護を受け持つことを望んでいる様子の玲を呼びました。ロイの口調には、幼い頃から統治階級者特有の威圧感を持つ大人達の姿を見ているアリステーゼにも有無をいわせないようなものがあります。
「…わかった。」
玲は渋々アリステーゼのそばを離れました。
「スバルさん、夫の判断は間違ってはいないわ。
わたし達の中で戦闘に通用するだけの剣の技量があるのはあなただけよ。わたしには護身程度の武術の心得ならあるからまだいいけど、姫君とキョウカさんはどうなるの?」
ライシャはなおも行こうとする昴に語りかけました。
辺りは既に日が落ちており、ライシャ達の居る位置からは何者が襲ってきたのかのも全く分からない。
昴は、突然、前線に出るのを思いとどまった。そして次の瞬間、茴香とアリステーゼに駆け寄ると、暗闇の中で繰り返し剣を振り回していた。
何やら、バタバタと木くずが散らかるような音がする。よく見ると、辺りには弓矢の破片が散乱していた。
近くの建物の屋根の上に黒い人影を見つける。短い呪文と、炎に包まれる剣、下からなぎ払った剣先からほとばしる拳大の火の玉が、屋根の上の人影を直撃する。人影は全身を炎に包まれ屋根から滑り落ちていった。
「前々から物騒だとは思っていたけど、本当にこの国は安心して暮らせるって世界には程遠いみたいね」
事も無げにそう呟き、昴は薄い笑みを浮かべる。
「す…昴…」
「ん?ああ、大丈夫だよ。殺してはいないから。ちゃんと加減したよ」
茴香が言おうとしたことを察した昴はニッコリと笑ってそう言い放つ。
その言葉通り、ちゃんと加減はした。きっと地に身体をつけた頃にはあの火も消えていただろう。
怪我をしているとすれば、軽い火傷と、打ち身ぐらいだろうか…。
茴香は襲撃者の顔をのぞきこんで驚きました。彼は昼間茴香を襲った男性だったのです。カリッツァは茴香たちに本当に大切な話があって危険を承知で幾度も姿を見せるのかもしれません。
この推測があたっているのならば、双方にこれ以上の被害が出る前に、そしてミュセアの魔法使いたちや治安局が動く前にライディストと襲撃者との話し合いの場を作ることが肝要です。
「スバルさん、あなたはどのようにしてその技を会得したのですか?みたところ、先程の火炎の技は…ライドの名を持つ竜騎士の戦闘魔法の一種に似ています。魔法使いの道を外れた呪力者と、魔法、武術双方の戦闘を行うこともある魔法戦士―竜騎士―への道は≪黒竜の水晶≫に選ばれた殿方のみに開かれているもの―つまり、高位の女魔法使いにも会得は不可能なはずです。」
「あなたが不思議に思うのも無理はないわ。アリス、ライシャ、多分信じられないだろうけど、日本―わたしの故郷では女性でも望めば男性と同じように戦闘の技を身につけられるのよ。」
昴は続ける。
「政治にだって携われるし、その気になれば、国の主にだってなれるわ」
その言葉は、この世界の人間達には物語のように感じられた。
「そんな事ができる国があるなんて…」
アリステーゼは驚愕しつつ呟く。
驚くのは無理もない。男性優位であるこの状況はヴェストゥール建国当時から続いているもの。つまり、建国以来1294年間、ディレイという街が出来てからも1288年間もの間ずっと続いているものなのだ。
「昴の言葉は本当よ。わたしの故郷には過去にも有名な女性の王や戦士がいたのよ。
ハリカルナッソスのアルテミシア、パルミュラのセバステ・ゼノビア、フランスのジャンヌ・ダルク、インドのラクシュミー・バーイー…彼女たちの名前は玲君と昴も知っているわ。
勿論、現在も女性が王や大統領―国の長のことなの―として統治している国があるのよ。」
カリッツァの傷を冷やしている茴香が昴の言葉を肯定します。
「ニホンというのは素晴らしい国なのね。あなたたちを見ていてもわかるわ。」
ライシャが静かに答えたとき、カリッツァが目を開けました。
「―気がついたのね。傷はそんなに深くはないわ。」
「あなたはやはりユリニエール様に縁の方だ。彼もあなたのように自分を襲った者の傷も気遣うような心根のお方だった。」
カリッツァは感慨深げに茴香を見てそう呟いた。
「気分が悪かったりとかしますか?」
いろいろ聞きたい事はあるのだが、茴香はひとまずは男の状態を気遣う。
それに男は首を横に振って答えた。
参加者:れいあさま 瑞穂さま 一器さま
さとこさま ミントブルーさま ミール・エア・リーデ
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