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脚本 |
売野雅勇 |
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音楽 |
千住明 |
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演出 |
市川右近 |
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出演 |
市川右近、市川春猿 |
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劇場 |
草月ホール |
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※●字はワカガエルに用語説明ある語です |
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「リーディング・ドラマ? 何それ」って、要するに朗読っぽいやつてことである。 何故ここで僕があえて「っぽい」と言ったかというと、制作側でひょっとしたら朗読ではない新しい分野を確立したいのかも≠ニの懸念により、配慮した。 配慮しなけりゃこうなる。 「朗読≠カゃあ難しすぎてこの役者じゃ手に負えんから、カタカナで何となく誤魔化して、作品らしくしちまえ」―――正直な感触としては勿論こっちである。 定価で買ってたら「金返せ!!」だよ。 まず、主演(主語り?)の右近・春猿といえば若手歌舞伎役者の中では中の下に位置付けられる程度である。無論個人的位置付けであるから反論あるものもいようが、僕の目には……まず立役(男役)の右近→型にはまりすぎていて面白みがなく、人間描写も雑だし体もかたい。 そして春猿(女形・女役も)→口跡にクセがあり、言葉がききとりにくいのが難だが、まだ伸びようとする意志が伺える……と、見える二人である。 言っちゃなんだが「その程度しか舞台もできない役者が、舞台よりも難しい朗読を、どんだけやれるか。お手並み拝見」と足を向けたのだ。 (チケット代が安く手に入ったのでな) で、どーだったかというと、「やっぱりねえ、この程度だよねえ」。 六つの話を主にこの二名で語り、ほぼ全編クラシック音楽が制覇し、照明で役者の顔を照らし、ファンサービスも忘れずと。 はっきりいって、今の彼らの技量では、音楽や明りの助けナシに見物を二時間、物語世界にひきつけて置く事は不可能と聞こえた。 微妙な間≠竚跡の緩急、情感、メリハリの代わりに音楽があり、『顔好きファン』を飽きさせない為の明かりであるとしか見えなかった。 僕はほとんど目を閉じて聞いていて(船こぎそうになったが……)、まだ春猿の方が微妙な空気を大事に語っていたと思う。鼻にかかる声で聞き取りづらい部分もあったが、「なかなかいいじゃん」と思える語りもあった。 転じて右近。 一言でいって、雑。大雑把。声だけじゃ若手コント芸人に毛がはえた程度にしか聞こえなかった。厳しく言うがだって、これで2005年の「ヤマトタケル」できるのか? と聞いてみたいよ。ほんとに。 「リーディング・ドラマ」という新しい?分野もいいが、役者として、まず二人とも基本的な人間描写を確実にできるようになってほしい。それには下手でもあえて、最低限の効果音や明りしかない、本当の朗読劇に今は挑戦してほしかったね。 悪いが、カーテンコールの途中で席を立った。 * 本文中、敬称略でした、ごめんなさい。 * ここに書いたのは僕個人の意見で、皆さんの意見に反対するつもりは全くないです。 |
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