| 第14回 「A bientot!(それじゃあ、また)」 |
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港でタコス調理。めったに見られないであろう光景がダブルで繰り広げられている。まあ路地裏の屋台で売ってるぐらいだから、港の即席会場でもOKなんだろうけど。 そんなことを思っているうちに30分が経過したらしい。 「それまで!」 タカさんの一声で調理終了が告げられた。 それぞれのタコスが二つずつ皿に盛られると、職人たちが手分けしてそれを配った。 「CAさんのは二つとも同じなんですね」 私は目の前のタコスを見ながらつぶやいた。 「ああ。もっとも基本的なタコスだ。しかしそれだけに料理人の技巧が問われるものでもある」 そのタコスは平山さんが屋台で出してくれたものより心持ち小さく、皮がぱりっとして香ばしい匂いを放っていた。しかもその形は完璧な左右対称。 ふとノリヒトさんの方を見ると、彼はもうタコスを食べ始めていた。 めちゃめちゃ幸せそうである。 満面の笑みを浮かべ、「おいしい」を連発する子どものような姿からはさっきまでの険悪な雰囲気など窺えない。 相変わらず食えない人だ…と思いつつ、私もCAさんのタコスを口に運んだ。 うーん、スッキリした味わい。小さめだし、いくつでも食べられる気がする。これは二つも食べれば満腹になる平山さんのタコスとは対照的。 「さすがタコス名人と言われるだけのことはある」 ジェリーさんが唸った。 「客観的に評価すれば、平山のタコスはこのタコスに敵わないだろうな」 「そんなっ」 それではノリさんの計画が台無しだ。 「しかしまあ、どちらがおいしいかを決めるのは、ノリヒトだからな」 ジェリーさんはにやり、と口元に笑みを浮かべて、平山さんのタコス二つを見つめた。 「平山さんのタコスは、二種類ですね。中身の具が違うのかな」 「片方はキョウコちゃんも見覚えがあるはずだよ。神波御殿で出された…」 「ああ! タケノコタコス!!」 私は驚いてそれを手にとると、少しかじってみた。 ノリヒトさんと社長が絶賛していたように、タケノコという素材を見事に活かしている。確かにおいしい。 でも平山さんは基本に忠実なタコスの方が好きだったのでは? 私が疑問を口にすると、ジェリーさんが答えた。 「料理人は食べてくれる人のことを考えて、その人の好みに合わせて作るんだよ」 「そっか…。CAさんはタコス名人だけど、ノリヒトさんの側にずっといて好みが分かっている平山さん以上に、ツボを押さえたタコスは作れないんだ」 「そういうこと。しかしこのもう一つのタコスはかなりヤバイぞ」 「え?」 「まさかこれを実現させるとは、平山もチャレンジャーだな」 そのタコスは具は白っぽいらしいが、皮に阻まれて確認できない。 私は恐る恐るそれを手に取ってみた。 食べようか、でもチャレンジャーな食べ物じゃ怖いなあ、と悩んでいたその時、突然ガタッという音がした。 振り返るとノリヒトさんが食べかけのタコスを片手に立ち上がっている。 「平山ーっ、美味いよこれっっ」 私は手元のタコスをしげしげと眺めた。 本当にそんなにおいしいのかな。 そっと横を窺うと、ジェリーさんはそれをひょいっと口に放り込み、確かめるように咀嚼した後、複雑な表情をしていた。 「うーん、不可能を可能にしてこそ職人ってことか」 「お、おいしいんですか?」 「特にノリヒトにとってはね」 何じゃそりゃ、と思案していると、またしてもオオハラの自信なさげな声。 「じゃあ判定をお願いします…」 と、今までマイペースだったノリヒトが、いつになく動揺した。 「えっと、おいしい方は、ねぇ」 どうやら二人のタコスがそれぞれ全く違うものだったせいで同じ土俵では比べらないらしい。 確かに私でも迷うだろうなあ。って言うか優柔不断な私には決められないかも。 とりあえずまだ食べていない謎のタコスを皿に戻し、勝敗の行方を見守ることにする。 「だーっっ、自分が好きな方選べば良いんだよ!」 タカさんがしびれを切らして叫んだ。 「あんまし考えすぎんなよ〜」 ノリさんものんびりした声をかける。 「うー、CAさんのもおいしかったけど、やっぱりオレ的にはこっち!」 ノリヒトはついに平山さんの方の皿を手にとり、えいやっと捧げるように前に突き出した。 その時…彼は顔を伏せていたから見えなかっただろうけど、私は見た。 タカさんとノリさんが満足そうに微笑んだのを。 計画どおり♪だったらしい。 「良かったですね。これで一件落着…ってあれ?」 平山さんが勝つとCAさんはこっちのもの、なの? 重要書類はどうなっちゃったんだろう?? 「それじゃあ復活したTNカンパニーの後継者は平山と言うことで」 ノリさんの、のほほーんとした声。ノリヒトは思わず頷きそうになったが、ん?とその頭の動きを止めて考える。 「いつTNが復活したんだ? 重要書類はまだこっちにあるんだぞ」 するとタカさんが右手に薄い板のようなものを持って皆に見せた。 「ノリヒトちゃんの言っているのはこれのことかな〜?」 その小さな板をひらひらと前後に振る。 「え? 何でフロッピーがそこに??」 私は慌てて神波社長の姿を探した。確か重要書類を首から下げていたのは社長だったはずだから。 「と、父さんっ。しっかりしてよ」 しかし社長は度重なる信念の崩壊により、もはや生きる屍と化していた。 ノリヒトが肩をつかんで揺すると、がくがくと前後に揺れてしまう。 「悪いけどオレがフロッピーを頂いたんだ」 シュウが一歩前に出た。 つまりノリヒトがタコスに夢中になっている時に、魂をイスカンダルの彼方に飛ばしていた社長からフロッピーを盗み取ったらしい。 「これで形勢逆転だな」 タカさんがキッパリ言い放つ。 「神波グループの処遇については次期後継者、平山の意見を聞こう」 「私は…」 平山は言いかけてちらっとノリヒトを見、それから職人たちの顔を見渡した。 最後にタカさんの顔を真っ向から見て、口を開く。 「職人たちによるタコス料理店はTNグループ、スーパーなどに卸す家庭向けタコスは神波グループというように住み分け、そのうえで協力し合うのが良いと思います」 「その理由は?」 「一タコス職人としては、人々に自分たちの技を生かした本当のタコスを食べて欲しいと思います。でもこの国ではタコスの知名度はまだまだ低い。わざわざ遠くまで足を運んでタコスを食べてくれるひとは、そう多くありません」 タカさんは一つ大きく頷いた。それに力を得て平山はさらに言う。 「その点スーパーで気軽に買える家庭向けタコスは、味は本場物に劣りますが、機械生産するだけあって廉価でしかも誰にでも親しみやすい味です。これからの時代は、多くの人がタコスに興味を持ってくれるように、タコスの大衆化を推し進める必要があると思います」 「そしてそれが神波グループならできると?」 「私は、そう信じています」 平山はノリヒトに視線を転じた。 「神波グループをあそこまで順調に成長させてきたのは、他ならぬ彼なのですから」 「平山!」 ノリヒトが感極まって駆け出し、平山にがばっと抱きつく。 その様子は少しだけ猿っぽい。 職人たちはざわめいていた。 何しろあれだけ苦労させられたのだ。これからは仲良くやりましょう、と言ったって簡単に水に流してしまえるわけではない。 「オレたちの苦労は何だったんだよ」 ハンダが文句を言い始めた。 「今まで潜入工作するの大変だったのに」 そうそう、とタカクも愚痴る。 「からくり屋敷のあの仕掛けでは苦労させられたしさ」 「ってーかオレたちはお前のせいで巻き添えになったんだぞ」 「オレだって変なくすだまが降ってきて…」 「ん? オレは適当にやってたけど」 「オレもあんまり苦労しなかったなあ」 どうやら職人たちの中でも意見が分かれるらしい。それでも神波父子を心から憎んでいたり、嫌っていたりはしないようだ。 その様子を見てジェリーさんが席を立って職人の輪の中に入っていった。 「オレたちだって、ずっと神波グループをだましてきただろ。お互いさまだよ。だけどタコスが好きだってことでは共感できてたからこそ、やってこれたんじゃないか。これからはその気持ちを大事に、協力していけば良いんだよ」 私も後ろから顔を出す。 「結局TNカンパニーは復活できるんだし、良いじゃないですか。職人だけじゃなくって、経営に携わる人も必要でしょ?」 職人たちは顔を見合わせた。小さく頷く者もいる。 だってノリヒトは自他ともに認めるタコス好きなのだ。タコスにとって悪いことをするはずが無い。また彼の経営手腕も、例えどんなに遺憾であろうとも、認めないわけには行かなかった。何といっても神波グループは日本随一のタコスチェーンなのだ。 「じゃ、そういうことで」 ノリさんは職人たちが反発しないのを見ると、タカさんを助けて立ち上がった。 「病院に戻るわ。CAはどうする?」 「三ヶ月の約束だから」 当初の予定通り三ヶ月間はTNのために働くと言うCA。とりあえず兄たちについて病院に向かうことにしたらしく、手早く荷物をまとめる。 「お前らはここ片付けてから来いよ!」 タカさんが叫びながら小さくなっていく。 「平山は神波と話し合っとけ。んで後で報告に来い」 「わかりました」 「はいはい、年寄りはもう行きますよ〜」 ノリさんがタカさんを茶化しながら消えていった。 職人たちは去っていくTNグループの三兄妹を見送ると、わらわらと撤収作業に入った。 平山は神波社長と二人の息子に話し掛け、今後の計画を練っている。とりあえずは職人たちを含む皆で神波屋敷に戻ることになったらしい。 ジュンイチが置いてあったミッフィーを取り上げ、ノリヒトに手渡している。 二人とも、笑顔だ。 「ふうぅ」 私はため息をついた。 今夜の紛争は、何とか大団円で終わったようだ。展開が早くてよく分からなかったこともあるけど、とにかく丸く収まって良かった。 ぽん、と肩を叩かれた。 「送っていくよ。最初にタコスの屋台にあったあの路地裏で良いだろ?」 私はぼーっとしたまま頷いた。 タコスの屋台があっという間に解体されていく。 気が付くと海の向こうの空がほんのりと明るくなってきていた。夜明けが近いのだ。 真夏の夜の夢。 そんな言葉が脳裏をよぎる。 馬鹿馬鹿しいような騒ぎを繰り広げて、結局残ったのは何だろう? ふと目の前の皿に盛られたタコスが目に入った。 ひょいっとつまんで口の中に放り込む。 中身は…水気をよく切ったそうめん。しかもそうめんらしさを失わないぎりぎりの長さにカットされ、風味の良いごま油で細切りキュウリと和えてある。 「『不可能を可能にしてこそ職人』なのね…」 数歩前でジェリーさんが足を止めて振り返り、そうめんタコスを食べている私を見て微笑んだ。 「キョウコちゃんもタコス好きになっただろ?」 「うん、また食べたいぐらい」 「いつでも食べに来てよ」 「え? でも真夜中のタコスはちょっと…」 胃にもたれるしなあ。 私は歩きながら、うーん、と考え込んだ。 「これからはちゃんとした店を持たせてもらえると思うよ」 ジェリーさんが笑いながら言った。 「とりあえずこれ、オレの携帯番号しか書いてないけど、渡しとく。ここに連絡してくれたら店の情報流すからさ」 「ああ、なるほど。じゃ、これ私の名刺です。会社のだから個人の電話番号は載ってないけど、ええっと…」 私はペンを取り出して余白に携帯の番号を書き、ジェリーさんに差し出した。 代わりにジェリーさんの名刺を受け取る。 「これで連絡取れますね」 「ああ、ありがと。じゃ、そろそろ行こうか」 私たちがバイクを寝かせた場所にたどり着き、まさに出発しようとしたその時、誰かが後ろから駆け寄ってきた。 「待ってっ。受け取ってほしいものがあるんだ」 バイクにまたがった姿勢のまま顔を向けると、何とノリヒトがミッフィーを抱えたまま走ってきた。 私の目の前にミッフィーを突き出す。 「ノリのミッフィーちゃん、今までに大切にしてたんだけど、今回はすごい迷惑かけたから、あげる!」 「ええ? ありがとう」 勢いに押されて思わず受け取ってしまった。 「じゃあ兄さんたちと帰るからっ」 あっという間にミッフィーを私の背に括り付け、走り去ってしまう。 「どうするの、それ?」 「んー、まあ今日の記念にもらっとく。背負ってたらバイクに乗るのにも邪魔にならないし」 「それじゃ、出すよ」 私たちはバイクで走り出した。港がどんどん小さくなっていく。 めったにできない奇妙な体験だったけど、楽しかった。タコスもおいしかったし。もうこんな騒動はごめんだけど…。 私はそんなことを思いながら、目の前の背中にしっかりとしがみついた。 |
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