「平山さん、平山さんってば!!」
「・・・へっ?・・・」
「も〜、さっきから何度も呼んでるじゃないですか〜」
「あぁ、ごめんごめん、成井。で、何だった?」
「もうそろそろ、準備した方がいいですよ」
「おぅ、そうだな」
今日は、みなさんのおかげでしたの収録の日。
「フフッ」
「何がおかしいんだよ〜?」
隣りで含み笑いの成井を、俺はじろっと睨み付けた。
「気になってるんでしょ?アイツのこと」
そう言って、指差す先には、小さな男の後ろ姿。
「べつに、俺は何も・・・」
「いいですよ、無理しなくて。でも今は、お仕事お仕事。行きましょ?」
「あぁ、わかったよ」
成井の言うとおりだった。俺はアイツ・・・、カンのことを考えていた。
今日俺たちは、まだ1度も口をきいていない。
「はい、これでOKです」
憲武さんの衣装を直していたカンが、振り向いた。俺と目が合う。
でも、奴は何も言わない。それどころか、視線をすっと外してしまう。
「はぁ・・・」
知らず知らず、ため息がもれてしまう。
(やっぱ、アイツ・・・)
カンの一重の目が、かすかに腫れていたように見えた。
きっと、昨日の晩は泣いたんじゃないだろうか。

カンの悩み事の相談には、よく乗ったりもしていた。
アイツは、酒飲んでも飲まなくても、何かとしょっちゅう泣いていたし。
俺がコッソリ涙もろいのは、一緒にいて、移ってきたんだと思っている。
弟のような存在。側を、うろちょろされると、ついかまってしまう。
俺は、だからこそ、今日のアイツが、心配で心配でたまらなかった。
「カン・・・」
やっとのことで、しぼり出した声は、本番開始の掛け声に、かき消されてしまう。
(カン・・・)
もう1度、心の中でつぶやいていた。

俺は、アイツじゃない。だから、アイツが昨日の晩を、どう過ごしたのかも、
その心の中も、本当のことは、何もわからない。
でも、俺はなんとなく、昨日の奴の姿が、見えるような気がしていた。

一人の部屋、電気も点けずに、ベッドに倒れ込む。
うつ伏せになると、枕に顔を、ギュッと押し付け、誰に聞かれる心配もないのに、
声を押し殺して、泣くアイツ。
いや、むしろ泣くまいと、ぐっと歯を食いしばり、唇をかんで、耐えていたのかも。
ちょっとやそっとじゃない、本気でどうしようもないような、
重く大きな悲しみに、ぶち当たったとき、そんな風に1人で、夜を過ごすのかもしれない。
アイツのホントの、心の強さみたいなものは、俺では到底見えないのかも・・・。

結局、あれこれ考えるうちに、収録は終わっていた。
「お疲れ」
カンを探そうと、視線を動かしたその前に立ちはだかるのは・・・。
「平山ちゃん、話あんだけど」
貴明さんだった。
「でも俺、まだ・・・」
当然このあとは、バラシが待っている。
「お〜い、みんな〜。悪いけど、平山ちゃん借りてくわ〜。あと、よろしく〜」
貴明さんが、他のスタッフに声をかけると、みんなが口々に了解の旨を伝えた。
「んじゃ、行っかっ」
さっさと歩きはじめる貴明さんのあとを、俺はついていくしかなかった。

「はいよっ♪」
「ありがとうございます」
貴明さんの楽屋で、俺はコーヒーを勧めてもらった。
「何があったの?カンちゃんと」
「えっ?」
「ごめんごめん、単刀直入に聞いた方がいいかと思って。
今日、2人ともなんか様子変だったから。あんなにいつも、仲いいのにさ」
「えぇ・・・」
『まあ、飲んで』と促され、コーヒーに口をつけると、俺はゆっくり、話しはじめた。
「俺が、悪いんです・・・」
「平山ちゃんが?」
「はい・・・。俺、アイツを怒らせたんです。悲しませたんです」
「なんでまた・・・」
「アイツのことを、裏切ったんです。その上、ウソまでついて、人のせいにしようとした」
「それでカンちゃん?」
「えぇ。でもアイツ、俺のこと責めなかったんですよ。
てっきり、『平山さん、ヒドイじゃないですか!!なんてことするんですか?!』って、
俺の胸をドンドン叩いて、泣きじゃくるんじゃないかって、そう思ってたんですけど・・・。
アイツはただ一言、俺の顔を見て、『そうですか』って言って、その場を後にしたんです」
あきらかに、俺より小さいカンが、昨日は俺を、見下げていた。

「で、平山ちゃんは、どうしたいわけ?」
床を見ていた俺は、貴明さんの言葉に、ゆっくり顔を上げた。
「俺は、このままなんて嫌です。ちゃんと、カンに謝りたい」
昨日のカンの冷たい目、俺はあんなの、もう見たくない。
いつもニコニコ笑って、やさしい顔をしたアイツに、
もう二度と、俺があんな顔、させたくない!!
「平山ちゃん。神波は、すごくしっかりしてる。ああ見えて、すごく大きな男だよ」
貴明さんの言葉に、俺は大きくうなずいた。
「さあ、行った行った!!」
「はい・・・」
立ち上がった俺の背中を、貴明さんはポンと押すと、
「人生に、後悔だけは、しちゃいけない。失敗はいいが、後悔だけはな・・・」
真剣に言った後、やさしくニッコリと微笑んでくれた。
「ありがとうございます」
俺は、深々と一礼すると、急いで廊下を駆け出した。

「カン!!」
ここにいるのでは?と言われ、急いでやってきた衣装室。
「平山さん・・・」
パイプハンガーに衣装をかける手を止め、肩が上下するほど息を切らした俺の姿を、
カンはただ、目を丸くして、驚きの表情で見つめていた。
「あのな・・・」
「なんですか?」
再び、背を向け、作業を開始するカンは、やはり俺のことを、まだ許してはくれてないようだ。
「カン・・・。昨日は、本当にすまなかった!!」
俺は、精一杯の想いを込めて、頭を下げた。
「・・・」
カンは、手を止めることなく作業を続けたが、俺は許してもらえるまで、
頭を上げる気には、ならなかった。

しばらく、そのまま時は流れた。
「大原には、もう謝ってきたんですか?」
「あっ、あぁ!!もちろん、謝ってきたよ」
小さな背中に向って、俺は必死に呼びかけた。
「俺のことはともかく、人のせいにするのは、最低だと思います」
「あぁ、ホントだよ。俺は、なんてバカなことをしたんだろうって思う・・・」
「で、大原は、何て?」
「俺のこと、許してくれるって・・・」
「じゃあ、俺も許します」
クルッと俺の方を向いたカン、顔を上げて目が合うと、ニコッと笑ってくれた。
「本当か?本当の本当にか?!」
「はい、もちろんですよ。大原が許して、平山さんが、こうして謝ってくれてるのに、
俺が怒り続ける理由が、どこにあるんですか?」
「カン・・・。ありがとう。本当に、ありがとう。お詫びに、なんでもするから・・・」
「えぇ?そんなこと、言っちゃっていいんですか?」
おまえがずっと、笑顔でいてくれるなら、なんだっておやすいご用だよ。
「じゃあ〜、俺にケーキ買ってください!!!」
「ケーキ?!」
「ケーキっていっても、丸のまま1個ですよ?」
「アハハッ、そんなの1個と言わず、2個でも3個でも、いくらでも買ってやるよ」
「そんなに、いりませんよ〜。ただでさえ、お腹に肉ついてきたの、気にしてるんですから〜」
「気にするなって。それぐらいが、ちょうど可愛いだろ〜」
「やですよ、そんなの〜。平山さん、自分だって、そんなことなったら、嫌でしょ〜?」
俺とカンは、お互いの腹を見た後、顔を見合わせて笑った。
「カン、もう、おまえの分の差し入れ、黙って食ったりしないからな」
「約束ですよ?それに、人のせいにもしない」
「うん、約束するよ」
カンの言葉に、何度も何度もうなずいた。

「でも本気で俺、おまえに許してもらえなかったらって、おまえの心を、
俺が一生傷付けたままだったらって、ずっとずっと不安で、俺・・・」
いつのまにか、感極まって、目には涙がにじんでいた。
「やだ、平山さん!!」
「ごめんな、俺いろいろ考えてたら・・・」
「泣かないでくださいよ。俺だって、平山さんに泣かれたら・・・。うっ、うわ〜ん!!」
俺の涙にもらい泣きして、カンはおもいっきり、声をあげて泣いた。
もう、涙はこらえなくていい、俺がおまえを、悲しい想いになんか、二度とさせないからな。
ありがとう、カン。俺を許してくれて。本当にありがとう。

心の中、貴明さんの言葉を、思い出していた。

『人生に、後悔だけは、しちゃいけない。失敗はいいが、後悔だけはな・・・』


(「悲しみのセレナーデ編」おわり)




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