2000年、11月×日、

夜も更け、表通りを1本はずれた、路地裏を吹き抜ける風は、一層冷たさを増している。
コートの襟を立てて、駅へと急ぐ人の足音、ほろ酔い気分で、盛り上がる集団の話し声、
どこかの店から聞こえるカラオケの音、それらはすべて、まるで別世界の事のようだ。
ここでは、空気も時間も何もかも、ぴたりと動きを止めてしまっていた。
「私に、何の用ですか・・・?」
この静寂を、女は硬い声で破った。かわいそうに、ひどくおびえているようだ。
「フフッ・・・」
目深にかぶった帽子の向こう、彼女の震える姿を見て、俺は口元をキュッと吊り上げ、笑った。
「何なんですか?!用がないんなら、私帰ります!!」
女は、そんな俺の態度にムッとしたようだ。強気でそう言うと、歩きだそうとする。
「まあ、待ちなって」
横を通り過ぎようとする、女の右腕を掴んだ。
「何するんですか?!離してください!!」
そうはいかないんだよな〜。
「痛っ・・・」
振り払おうともがくから、仕方なく力を入れてるんだよ。おとなしくしてればいいのにさぁ。
「・・・。」
手を離して、行く手に立ちはだかると、女は2・3歩あとずさった。
何も言わないが、俺を激しく睨み付けてるであろう視線は、
見ることはできないが、この目深にかぶった帽子の上からでも、十分に感じられる。
「何なんですか?」
「さあ、何だろうね〜」
言葉とは裏腹に、俺はコートのポケットから、ナイフを取り出した。
「!!」
女は、その鋭く光る刃先を見て、身を硬くした。
『どうして?なんで?!』って、おまえは言いたいんだろうよ。
でもな、俺は決めてたんだよ。いつか、やってやるって。
この女の、好き勝手なホームページを見つけてからな。

なんだよなんだよ、俺のことオヤジ扱いしやがって。男は、30からっていうだろ?!
もう5年も、その大人の魅力ってやつ、やってんだよ。
俺のこと、「カッコイイ♪」って言ってくれる、かっわいいFanの子だって、
山のようにいるし。ふ〜んだ、おまえの目の方が、どうかしちゃってんじゃねぇの?
あぁ、頭の方か。いっつも、変なこと言ってるもんな。や〜いや〜い、バカバカ〜。
確かに、カンもいいヤツだし、カッコイイけどよ、まだまだひよっ子。
俺には勝てないし、俺の良さがわかんない、おまえも、まだまだだよ。
ははぁ〜んだ、おまえなんかに、何言われたって、平気だもんね。
俺には、Fanのみんながいるから〜。
『エ〜ンエ〜ン、アイツがいじめるよ〜!!僕、なんか悪いことちた?うわ〜ん、晃哉くん、かわいそ〜』

「・・・?」
おっと、いかんいかん。
「悪いけど、アンタには逝ってもらうよ」
「嫌です」
「ぐぐっ・・・」
あまりにもあっさり否定され、ちょっとひるんでしまった。
「そんなことしたら、あなただって犯罪者ですよ。いいんですか?」
「はぁん。それは、俺が捕まったらの話だろ?」
「もちろん、そうですよ。でも、日本の警察は優秀なんですから」
アハハッ、笑わせるね。まだそんなこと、神話みたいに信じてる奴がいたとは。
「心配いらないよ。俺は、そんなドジは踏まないから」
「でも、もし捕まったとしたら、取調室で、カレーは出ませんよ?カツ丼しか」
うぐぐっ、そいつは困る・・・。確かに捕まったら、俺はおいしいおいしい、
アツアツカレーを、食えなくなるというのか?!そこまで、考えてなかった。
待てよ、刑事がカツ丼を注文する前に、あらかじめカレーに変更してくれって、
頼んでおけばいいんじゃないのか?!そうだよ!!俺って、あったまいい〜♪
だけど、取り調べが始まってすぐに、そんなこと要求しちゃ、
『生意気だ』って思われるかな?!それがやがて、裁判のときとかでも、
『コイツは、横柄な態度で取り調べにのぞんでた』なんて報告されちゃ、
刑もさらに、重くなっちぃまうかもしれないしな・・・。
じゃあ、どうする?!そっか、それならカツ丼も食った上で、
『カレーも食べさせてください』って言えばいいんだ。
カツ丼は嫌で、カレーがいいって残しちゃダメだけど、謙虚に頼み込めば〜。
これならなんとかなるかも!!何なら、カツ丼のカツを、カレーに乗っけて、
カツカレー!!な〜んて、贅沢なことも出来ちゃうかもっ♪
はぁ、なんか腹減ってきちゃったな・・・。

「ぐぅ〜」
「???」
いっ、いかん。腹が鳴ってしまった・・・。
「えぇい、うるさい!俺に、指図するんじゃねぇ〜」
なんかこの女には、調子狂わされる。ふん、さっさとやっちまわねぇと。
「べつに、指図はしてないですけど〜」
「口答えするな!!」
「はぁ・・・」
ったくぅ・・・。もう、いい!!早いとこ、ケリつけちまうぜ。
俺は、左手で女の肩を掴むと、ナイフの先を身体にあてがった。
あとは、力を入れて、この刃を深く深く突き刺せば・・・。

RRRRR・・・。

こんなときに、誰なんだよぉ?!
俺の携帯が、けたたましく鳴り響いている。
「動くんじゃねぇぞ!!」
右手のナイフはそのままに、身体を少しかがめて、足元の紙袋から、携帯を出した。
「もしもし。はぁ?おまえか・・・。なんだよ、なんか用か?俺今、忙しいんだよ。
えぇ?シフトの変更?!おいおい、そんなの明日じゃダメなのかよ〜?
んじゃ、その日と交代できないか、調整してみるから。おぅ、明日な。おやすみ〜」
「大変そうですね、お仕事」
「あぁ、まあね。でも、好きで、楽しんでやってることだし」
「わかります〜。私も、ホームページは、自分が好きでやってることですし〜。
疲れちゃってる日とかもあるんですけど、やっぱり自分の選んだ道ですしね」
「ふんふん」
「ネタ探して、更新して〜。ちょっと、そのために大切な人たちのことも、
いじりすぎたりして、あとから反省なんてことも、これでも一応あるんですよ。
『も〜うちに誰も来てくれなくなったらどうしよう?!』なんて、不安になっちゃたりもして」
「そっか・・・。そんなこともあるんだね」
「はい・・・。でも、私頑張ります!!前向きだけが、取り柄ですから♪」
「うん」
「ですから、あなたもこんなこと、やめてくださいね。人生、棒に振っちゃいけませんよ。
きっと、待っててくれる人、想っててくれる人がいっぱいいるんですよね?」
「あっ、あぁ・・・」
俺は、たくさんのFanの子たちのことを、考えていた。
「あなた、私の大切な人に、すっごく似てるんですよ。カンジが」
「へっ、へぇ〜」
「野猿って知ってます〜?その中の、ボーカルの平山さんっていうんですけど」
「さぁ、ちょっとわからないな・・・」
「そうですよね。とりあえず、似てるんです。ですから、こんなことはもう・・・」
そういって女は、俺の手からナイフを取ると、紙袋にしまった。
「じゃあ、私行きますね」
「あっ、あぁ」
「さようなら、オジサン」
俺はなんだか、追いかける気力もなく、そのまま、手を振って立ち去っていく女の、
後ろ姿を、ただボ〜ッと見つめて立ち尽くしていた。
「はぁ・・・」
ため息1つついて、くわえたタバコに火をつける。
「ん?!アイツ最後に俺のこと、『オジサン』って言ったよな〜?!
あの女〜!!やっぱ許せねぇ〜。今度会ったときは、絶対やってやるからな!!
や〜いや〜い、バ〜カ。・・・くっそ〜!!」

男の絶叫を乗せ、冷たい夜風は、路地裏を一気に吹き抜けていった。
その速さは、まるで過ぎ去った、青春という時の流れのごとし。
あぁ、泣くな泣くな。その哀愁漂う後ろ姿を、いつも想って涙する女性も、
この星には、いっぱいいるのだから・・・☆


(「決行の日編」おわり)




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